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千葉地方裁判所 平成5年(ワ)516号 判決

原告

阿部敏子

右訴訟代理人弁護士

沼田安弘

宮之原陽一

杉山博亮

原告

阿部充男

被告

甲山太郎

右訴訟代理人弁護士

島﨑克美

髙綱剛

被告

乙川次郎

右訴訟代理人弁護士

小林春雄

主文

一  被告らは各自、原告阿部敏子に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告阿部敏子のその余の請求及び原告阿部充男の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告阿部敏子に生じた費用の一〇〇分の九九を同原告の、その余を被告らの負担とし、原告阿部充男に生じた費用は同原告の負担とし、被告らに生じた費用の二〇分の九を原告阿部敏子の、二〇分の一〇を原告阿部充男の、その余は被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは各自、原告阿部敏子に対し金四億七八九二万六六〇〇円、原告阿部充男に対し金八〇三八万四五〇〇円及び右各金員に対する平成五年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告阿部敏子(以下「原告敏子」という。)は、旅館業を営む有限会社の従業員であったが、同社代表取締役の死後に起きた経営権をめぐる紛争において、右代表取締役から生前に社員持分の譲渡を受け、かつ臨時社員総会において取締役に選任された旨主張していたところ、右代表取締役の法定相続人から、原告敏子及び右有限会社を被告として右相続人らの社員権の存在確認、原告敏子の社員権の不存在確認及び右臨時社員総会決議の不存在確認等を求める訴訟が提起されたので、右訴訟事件の追行を弁護士である被告らに委任した。原告敏子は第一審及び控訴審において敗訴し、上告審における訴訟追行についても被告らに委任したところ、被告らが上告理由書を提出期間内に提出しなかったため、上告が却下され、原告敏子敗訴の判決が確定した。その後、同社から同社の従業員であった原告阿部充男(原告敏子の夫、以下「原告充男」という。)らに対し、解雇の意思表示がされた。

本件は、右訴訟事件の追行について、被告らには委任を受けた訴訟代理人として、訴訟状況報告義務違反、主張提出義務違反、上告理由書提出義務違反その他各種の忠実義務違反の行為があり、これによって原告敏子につき出資持分の清算配当額及び役員賞与相当額合計四億五八九二万六六〇〇円、原告充男につき給与相当額六〇三八万四五〇〇円の財産的損害、並びに原告両名につき各二〇〇〇万円相当の精神的損害が生じたとして、原告らがそれぞれ被告らに対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償として右各金額相当の損害金及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成五年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告らの地位

被告甲山太郎(以下「被告甲山」という。)及び被告乙川次郎(以下「被告乙川」という。)は、ともに千葉県弁護士会所属の弁護士である(争いのない事実)。

2  原告らの地位及び紛争の発生

原告敏子は昭和三八年ころから、その夫の原告充男は昭和六〇年ころからともに有限会社清すみ(後記紛争当時、旅館業等を目的とし、資本金一〇〇万円、一口の出資金額一〇〇〇円、出資持分一〇〇〇口であった。以下「清すみ」という。)の従業員として、「清すみ」の経営する旅館に勤務していた者である。

「清すみ」の代表取締役であった橋爪ハナ子(以下「ハナ子」という。)は、同社の持分一〇〇〇口全部を保有していたが、昭和六〇年四月二三日に死亡した。

ハナ子の死後、ハナ子の異父妹であった原告敏子と、ハナ子の子であった嵐田愛子、千葉直子(以下嵐田愛子のことを「嵐田」といい、また両名を指して「嵐田ら」という。)との間で、「清すみ」の経営権をめぐる紛争が生じた。

(争いのない事実、甲第一八、第二八、第五八号証、原告充男本人)

3  前訴の第一審の経過

(一) 右紛争においては、嵐田らが「清すみ」の持分一〇〇〇口をハナ子から相続した旨主張するのに対し、原告敏子は、ハナ子から昭和五九年一一月五日に同社の持分五〇〇口の譲渡を受け、また昭和六〇年四月一九日の臨時社員総会において取締役に選任された旨主張し、またその旨の同年四月二四日付定款変更及び変更登記がされていた。

かかるところ、昭和六一年六月一二日、嵐田らから原告敏子及び「清すみ」を被告として、嵐田らと原告敏子との間で、(1) 嵐田らが同社持分各五〇〇口を有することの確認、(2) 原告敏子が同社持分五〇〇口を有しないことの確認、及び嵐田らと「清すみ」との間で(3) 右臨時社員総会決議の不存在確認をそれぞれ求める訴えが千葉地方裁判所に提起された(同裁判所昭和六一年(ワ)第七五一号社員権存在確認等請求本訴事件。以下、右(1)ないし(3)の請求をそれぞれ例えば「本訴請求(1)」という。)。これに対し原告敏子は、平成二年一〇月一二日に至り、嵐田らを反訴被告として、原告敏子と嵐田らとの間で、自らが(1) 「清すみ」の持分五〇〇口を有することの確認及び(2)同社の取締役であることの確認を求めて反訴を提起した(同裁判所平成二年(ワ)第一三五一号同反訴事件。以下、右(1)、(2)の請求をそれぞれ例えば「反訴請求(1)」という。)。

なお、「清すみ」については、前訴第一審の提起に先立ち、嵐田らによって取締役職務代行者選任の申立てが行なわれ、昭和六一年五月七日、渡辺眞次弁護士が取締役職務代行者に選任された。

(争いのない事実、甲第八号証の三一、第一四、第二〇号証、第四七号証の一ないし六、乙第一、第九号証、弁論の全趣旨)

(二) 原告敏子は、前訴第一審につき、昭和六一年七月一日ころ被告甲山及び当時被告甲山の事務所に所属していた堤一之弁護士外三名の弁護士に対し訴訟追行を委任し、次いで被告甲山は、昭和六三年九月二八日ころ原告敏子の了解を得て被告乙川(前訴第一審より前に被告甲山の事務所に所属していた。)を訴訟復代理人に選任し、被告ら及び堤弁護士外三名はこれを受任した(争いのない事実、甲第七九、第八〇号証)。

(三) 前訴第一審においては、次の点が争点となった。

(1) 本訴請求(1)、(2)及び反訴請求(1)について、別紙一のとおりの前訴乙算一号証(以下「出資金譲渡証」という。本件訴訟甲第四五号証)、第二号証の一、二(以下それぞれ「委任状①」「委任状②」という。本件訴訟甲第四六号証の一、二)により、原告敏子に対する昭和五九年一一月五日付贈与又は死因贈与の意思表示が認められるか。

(2) 本訴請求(3)について、昭和六〇年四月一九日に「清すみ」の臨時社員総会が開催され、原告敏子を同社取締役とする選任決議がされたか。

(3) 反訴請求(2)について、出資金譲渡証、委任状①、同②により、昭和五九年一一月五日付けで原告敏子を「清すみ」の取締役に選任する旨の社員総会(全員出席総会)の決議に相当するハナ子の意思決定があったと認めることができるか。

特に右(1)と(3)については、出資金譲渡証、委任状①、同②がハナ子の意思に基づいて作成されたものであったかどうかが争点となった(争いのない事実)。

(四) 前訴第一審においては、当初は堤弁護士が原告敏子の訴訟代理人として訴訟活動を担当していたところ、被告乙川は、昭和六三年一一月三〇日の第一七回弁論期日から、原告敏子の訴訟復代理人として前訴第一審に関与することとなり、これに先立ち同年一一月四日、同月二五日及び原告敏子の反対尋問の当日であった同月三〇日(午後一時から三〇分間)に、原告敏子及び原告充男と打合せをした(争いのない事実)。

(五) 前訴第一審は、千葉地方裁判所民事第三部二係(単独係)において合計三三回の口頭弁論が開かれたが、そのうち三度にわたって裁判官から和解勧告がされ、一度目は昭和六二年五月一八日の第七回口頭弁論期日から同年八月一七日の第九回口頭弁論期日まで、二度目は同年一二月一六日の第一二回口頭弁論期日から昭和六三年五月一〇日の第一四回口頭弁論期日まで、三度目は平成二年四月一七日の第二四回口頭弁論期日から同年九月三日の第二八回口頭弁論期日まで、それぞれ和解兼弁論の手続が行われた。

右手続においては、原告敏子らが「清すみ」の旅館の土地建物を買い取る案と、逆に原告敏子が立退料を受け取って「清すみ」旅館から立ち退く案とがあって、これらをめぐって話合いがされた。「清すみ」旅館の土地建物は、登記簿上はハナ子個人の名義となっており、ハナ子の死後ハナ子から嵐田らに相続を原因とする所有権移転登記手続がされたところ、原告敏子は嵐田らに対し、旅館の建物所有権は「清すみ」にあるから「清すみ」は嵐田らの所有する土地について借地権を有する旨主張し、かつ「清すみ」旅館の土地建物及び「清すみ」が他人所有の土地を借地して経営していたレストランにつき借地権を買い取る案を提案したが、裁判上の和解が成立するには至らなかった。

(争いのない事実、甲第五、第六号証、第八号証の一ないし三三、第八一ないし第八四号証)。

(六) 前訴第一審の平成三年二月五日付第三一回口頭弁論において、前訴第一審訴状記載の請求の趣旨第一、二項の確認請求(本訴請求(1)、(2))と第三項の確認請求(本訴請求(3))につき裁判所から嵐田らに対し求釈明がされ、嵐田らは、請求の趣旨第一、二項の確認請求は嵐田らと原告敏子及び「清すみ」との間において確認を求めるものであり、第三項の確認請求は嵐田らと「清すみ」との間において確認を求めるものである旨釈明し、被告乙川は、「右釈明は了承した」と陳述した(甲第八号証の三一)。

(七) 平成三年二月二七日、前訴第一審の第三二回口頭弁論が開かれた。右期日は事前に弁論終結予定とされており、嵐田らはいわゆる最終準備書面を提出し同日付けで陳述したが、被告らはいずれも出頭せず(被告乙川は入院中であった。)、嵐田らの最終準備書面に対する原告敏子の反論がされないまま弁論終結となった。

原告らは、平成三年三月一八日、嵐田らの最終準備書面に対する反論と原告敏子にとっての最終準備書面を兼ねた準備書面(以下「本件最終準備書面」という。)を玉井眞之助弁護士に作成してもらい、これを千葉地方裁判所に提出するよう被告乙川に依頼して交付し、被告乙川は本件最終準備書面を平成三年三月二〇日付けで被告乙川作成のものとして千葉地方裁判所民事第三部二係に提出したが、弁論終結後に提出されたものであったため、口頭弁論においては陳述されず、前訴第一審訴訟記録に編綴されるにとどまった(なお、被告乙川は右準備書面の陳述のために弁論再開を申し立てることもしなかった。)。

(争いのない事実)

(八) 前訴第一審判決(乙第一号証)は、平成三年三月二七日付第三三回口頭弁論期日において言い渡された。その主文、事実及び理由は別紙二記載のとおりであり、争点についての判断は概ね以下のとおりである。

(1) 嵐田らの本訴請求(1)、(2)についてはこれを認容し、原告敏子の反訴請求(2)についてはこれを棄却した。

右各請求の中心的争点は、昭和五九年一一月五日付けでハナ子が「清すみ」の持分五〇〇口を贈与又は死因贈与する旨の意思表示をしたか、また同日付けで原告敏子を「清すみ」の取締役に選任する旨の意思決定をしたかであるとし、右意思表示及び意思決定の直接証拠である出資金譲渡証、委任状①及び同②について、鑑定の結果によれば右出資金譲渡証の署名はハナ子の筆跡と同一であり、また右各書面のハナ子名下の印影はハナ子の印章によって顕出されたことを認定しつつ、以下の理由により、いずれもハナ子の意思に基づかないで作成された疑いがあるとした。

① 右三通の書面はいずれも昭和五九年一一月五日付けでほぼ同一の機会に作成されたものである。ところが、出資金譲渡証が「清すみ」代表取締役及び個人としてのハナ子の連名の名義で、全文タイプ印刷によって作成された写しであるのに対し、委任状二通は、不動文字を印刷した委任状用紙を使用し、委任事項等がタイプ印刷されハナ子の署名押印のされた原本である。このように同じ時期に作成された出資金譲渡証と委任状二通との間に書面の形式、作成名義、写しと原本等の差異があり、また鑑定の結果によれば委任状①、②のハナ子名下の印影がそれぞれ異なる印章によるものと認められるのであって、この点は不自然である。

② 委任状は二通とも、委任状と題し又は委任状の用紙を用いて作成する性格の書面とは考えにくい。

③ 委任状②について、前訴第一審証人の原告充男は、昭和六〇年の二、三月ころハナ子から「清すみ」の取締役等の変更の登記手続を専門家に依頼するよう頼まれた旨証言しており、それ以前の昭和五九年中にハナ子が「清すみ」の役員変更の登記手続、簡易保険の解約手続等を考えていたことを認めるに足りる証拠はないので、ハナ子が昭和五九年一一月五日付の委任状②をもって右各事務を原告敏子に委任するとはにわかに首肯し難く、右委任状が昭和五九年中に作成されたことについて疑問の余地がある。

④ 原告敏子は、出資金譲渡証、委任状①、②入りの封筒をハナ子から預かったと供述しながら、ハナ子が生前「清すみ」の持分五〇〇口を原告敏子に譲渡した旨述べたことはないと供述しており、原告敏子の供述の信用性には疑問がある。また、原告充男は、ハナ子は役員変更登記の手続を原告充男に依頼したが、原告充男が右登記申請の添付書類である「清すみ」の定款作成に当たりハナ子に社員・出資口数をどうすればよいか尋ねた際にもハナ子は出資金譲渡証の作成等を何ら述べなかったと証言しており、原告充男の証言の信用性にも疑問がある。

⑤ 「清すみ」の代表者印及びハナ子の実印の保管状況に照らし、原告敏子や原告充男がこれらを使用するのが可能な状況にあった。

そして、その他にハナ子に原告敏子に対する「清すみ」の持分五〇〇口の贈与ないし死因贈与の意思があったと認めるに足りる証拠はなく、また前訴乙第二号証の二の記載を検討しても、ハナ子が昭和五九年一一月五日ころ原告敏子を「清すみ」の取締役に選任する旨を決定したものとは認められないとした。

(2) 嵐田らの本訴請求(3)については、原告敏子を「清すみ」の取締役に選任する旨の昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会決議につき、前訴被告の「清すみ」において何らの主張立証がないなどとして、これを認容した。

(3) 原告敏子の反訴請求(1)については、これと嵐田らの本訴請求(2)とが同一の権利関係の消極的確認と積極的確認とを求める関係にあるから、二重起訴の禁止に抵触し不適法であるとして、訴えを却下した。

以上のとおり、前訴第一審判決は原告敏子及び「清すみ」の全面敗訴という内容のものであった(争いのない事実)。

4  前訴の控訴審の経過

(一) 原告敏子及び「清すみ」は、平成三年四月一日、前訴第一審判決について、控訴した(東京高等裁判所平成三年(ネ)第一五四一号社員権存在確認等、同反訴控訴事件。以下「前訴控訴審」又は「前訴控訴事件」という。)

(争いのない事実、甲第六八、第六九号証)。

(二) 原告敏子は、前訴控訴事件についても被告ら外三名の弁護士に訴訟委任し、被告らはこれを受任し、ともに原告敏子の控訴人訴訟代理人となった。控訴審の訴訟委任状は提出されていないが、上告手続も特別委任事項とされていたものと推認される。

(争いのない事実、甲第六八号証)。

(三) 前訴控訴審においては、第一回口頭弁論期日で和解勧告がされ、和解期日において原告敏子から嵐田らに対し、「清すみ」旅館の土地建物を四億円で買い取る旨の提案がされたりしたが、結局裁判上の和解は成立せず、第二回口頭弁論期日で弁論終結となった(争いのない事実)。

(四) 前訴控訴審においては被告乙川のみが原告敏子の代理人として口頭弁論期日に出頭したが、前訴第一審で陳述されなかった原告敏子の本件最終準備書面について、前訴控訴審において改めてこれを提出し陳述することはなかった。

(争いのない事実、甲第一二号証の一、三)

(五) 前訴控訴審判決(乙第二号証)は、平成四年四月二一日第三回口頭弁論期日において言い渡された。

その主文、事実及び理由は別紙三のとおりであり、同判決は、争点に対する判断について前訴第一審判決の判示した理由を引用したほか、以下の付加訂正をした上で、原判決を相当とし、原告敏子及び「清すみ」の控訴を棄却した。

(1)(イ) 出資金譲渡証、委任状①、②の成立の真否については、ハナ子が「清すみ」の出資持分全部を有し、同社の役員変更やその登記手続を容易になし得る立場にあるのに、昭和五九年中にこれを行おうとした形跡が全く認められないこと、(ロ) 委任状②に「清すみ」の役員変更登記手続の件とともに簡易保険の解約手続の件が記載された理由が不明であること、(ハ) 昭和五九年一一月五日付けでハナ子が「清すみ」の持分五〇〇口を原告敏子に譲渡したとしながら、昭和六〇年二、三月ころハナ子が原告充男に役員変更登記手続に関する依頼をした際に出資金譲渡証の作成につき何ら述べなかったとする趣旨の原告敏子、原告充男の各供述は不自然であることなどを指摘して、出資金譲渡証、委任状①、②のハナ子の署名及び印影による成立の真正の推定は破れるに至ったとした。

(2) 昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会の取締役選任決議の存在を認めるに足りる証拠はなく、かえって原告敏子の供述、弁論の全趣旨によれば、右社員総会の開催及び取締役選任決議は存在しなかったものと認められるとした。

(争いのない事実、甲第一二号証の四)。

5  前訴における上告の手続

(一) 原告敏子は、前訴控訴審判決を不服として上告することとし、被告らに対してその旨の訴訟委任をするとともに、嵐田らとの和解交渉も依頼し、被告らはこれを受任し、ともに原告敏子の上告人代理人となった(争いのない事実、甲第七三号証)。

そして、原告敏子は被告甲山に対し、着手金として五〇万円を支払った(なお原告らは合計八〇万円を支払ったと主張するが被告らは五〇万円を受け取ったと主張しており、八〇万円の授受に関する的確な証拠はない。)。

(二) 被告らは、右訴訟委任契約に基づき、平成四年五月一一日、東京高等裁判所に上告状を提出して上告した(以下「本件上告」という。)。

東京高等裁判所からの上告受理通知書は、平成四年五月一八日に原告敏子に送達されたため、同日から五〇日の上告理由書提出期間内(本件ではその最終日は同年七月七日)に、上告理由書を同裁判所に提出すべきこととなった。

原告敏子は本件上告に際し、上告審の審理中に和解を成立させることを考えていた。

(争いのない事実)

(三) ところが、被告らは上告理由書提出期間内に東京高等裁判所に上告理由書を提出しなかった。そのため、平成四年七月一四日、同裁判所において本件上告の却下決定がされ、前訴控訴審判決が確定することとなった。

(争いのない事実)。

(以下、前訴第一審、同控訴事件、本件上告を一括して「前訴」ということがある。)

二  争点

1  前訴第一審提起から本件上告却下決定に至るまでの間に、被告らに、原告らとの間の前訴の訴訟委任契約上の義務違反ないし注意義務違反となる行為があったか否か。

2  原告らが被った損害の額及びこれと被告らの義務違反行為との因果関係

(一) 被告らの義務違反行為がなければ、前訴第一審、同控訴審判決又は本件上告却下決定の判断が変わった可能性があるかどうか。

(二) 被告らの義務違反行為がなければ、和解が成立していた可能性があるかどうか。

(三) 原告らの損害額

第三  争点に関する当事者の主張

一  前訴第一審提起から本件上告却下決定に至るまでの間に、被告らに、原告らとの間の前訴の訴訟委任契約上の義務違反ないし注意義務違反となる行為があったか否か(争点1)。

1  原告らの主張

(一) 被告らの義務違反行為

被告両名は、前訴においては原告敏子から、訴訟代理人ないし訴訟復代理人(以下「訴訟代理人」という。)として前訴事件を受任し、その委任契約の趣旨に従って、依頼者である原告敏子の権利を実現するために行動すべき委任契約上の義務を負う立場にあった。特に訴訟委任契約においては、依頼者は法律知識が乏しく、特に裁判という高度に手続化された仕組については全く理解の及ばないところであるのに対し、受任者である弁護士は、訴訟の専門家として国家資格を持ち、高度な知識を持っているのであるから、通常の委任契約と違い、単なる善管注意義務以上のいわゆる忠実義務を負っているというべきであり、訴訟代理人である被告両名は、たとえ原告敏子が、打合せや訴訟の状況の報告を要求しなかったとしても、依頼者である原告敏子の権利を実現するために必要であれば、被告らの方から申し出て、原告敏子と十分打合せを行ない、事案の生の事実を聞き出すとともに何を主張したいのか明らかにし、事実を整理して主張を法律構成した上で、訴訟活動を行ない、また訴訟の状況を報告し、裁判の結果を検討するなどして、依頼者である原告敏子の権利を実現するために行動すべき義務があった。

また、原告充男は、「清すみ」の経営権をめぐる嵐田らとの間の紛争において、関係者間の交渉、弁護士への相談、訴訟対策等一切の事務につき原告敏子から包括的に委任を受けて処理しており、前訴に際しても、原告充男が原告敏子に代わって被告両名に対しそれまでの紛争の経過一切を説明し、原告敏子の訴訟代理人を依頼したものであるから、原告充男と被告らとの間にも、「清すみ」の経営権をめぐる紛争全般の解決について誠実に事務処理を行うべき委任契約が成立し、被告らは原告充男に対しても原告敏子に対するのと同様の委任契約上の義務を負うというべきである。

ところが、被告らは、前記委任契約上の義務に違反し、具体的には前記忠実義務から派生する以下のとおりの各具体的義務に違反する行為をした。

(1) 訴訟状況報告義務違反

① 訴訟代理人は、依頼者に対し、事件の経過及びその帰趨に影響を及ぼす事項を必要に応じ報告し、かつ事件の結果等を遅滞なく報告する義務がある(弁護士倫理三一条【事件処理の報告】参照)。

ところで、前訴は、紛争が複雑でその紛争を一挙に解決できる訴訟形態がないため、「清すみ」の出資持分の確認、取締役の地位確認、社員総会の不存在確認という複数の訴訟が起こされていたものであり、また原告敏子は前訴においては基本的に被告の立場にあり、右各訴訟は原告敏子の意思によらずに提起・設定されたもので、反訴は起こしたものの、判決で勝訴することが必ずしも原告敏子の望む紛争の解決にならず、そのため、前訴第一審、同控訴審とも和解が積極的に行われたものである。このような事案においては、訴訟委任の目的は終局的な訴訟結果の獲得にとどまらず紛争全体の解決にあるから、通常の訴訟委任の場合よりも依頼者本人に十分説明を行い、本人から情報を得る必要が大きいというべきである。したがって、前訴においては、通常の訴訟よりも訴訟状況報告義務が加重されており、被告らは期日ごとにその内容を依頼者に詳細に説明して依頼者の納得を得、また依頼者からの情報収集を積極的に行って訴訟に活かすべき委任契約上の義務を負っていたというべきである。

② ところが、被告らは、前訴第一審の各口頭弁論期日について作成した期日結果報告書について、その一部しか原告敏子に発送していない。また、仮に原告敏子のもとに全ての口頭弁論期日の結果報告書が郵送されていたとしても、これらを前訴第一審の口頭弁論調書、被告らの事務所宛の期日結果報告書と対比すると(右三種類の書面の対比は別紙四のとおりである。)、以下のとおり原告らに対して十分訴訟の状況を報告していたものとは到底いうことができず、被告らの行為は前記の訴訟状況報告義務に違反するものであった。

ア 前訴第一審口頭弁論調書によれば、昭和六三年五月一〇日の第一四回口頭弁論においては、裁判官が変わったため弁論の更新が行なわれ、和解が打ち切られ、嵐田らから証拠として前訴甲第五号証ないし甲第八号証(本件訴訟の甲第三二号証の一ないし三、第三三号証の一の一ないし三の二、第三四号証の一ないし一〇、第三五号証の一、二)が提出され、それら書証について認否が行なわれている(甲第八号証の一四、第二五号証)。しかし、被告甲山らの事務所宛の報告書によれば、進行内容の欄に「和解打切り 次回阿部敏子本人尋問予定」と書かれているだけで、裁判官が変わったことや書証が多数提出されたことがまったく報告されていない(乙第四号証の一四)。そして、同期日について原告阿部敏子に郵送された結果報告書の進行内容の欄は、何も記載がなく白紙である(甲第七六号証の一)。

イ 前訴第一審口頭弁論調書によれば、昭和六三年九月一四日の第一六回口頭弁論においては、送付嘱託文書の提示が行なわれたが、堤弁護士は不出頭であった(甲第八号証の一六、第二七号証)。しかし、被告甲山らの事務所宛の報告書によれば、延期と記載されており(乙第四号証の一六)、これは明らかに事実に反した報告である。すなわち、同期日について原告敏子に結果報告書が送られていたとしても延期という事実に反した報告がされたものである。

ウ 前訴第一審口頭弁論調書によれば、昭和六三年一一月三〇日の第一七回口頭弁論においては、書証としては嵐田らから前訴甲第九号証ないし甲第一三号証(本件訴訟の甲第三六ないし第三八号証、第三九号証の一、二、第四〇号証の一ないし一〇)が提出され、それら書証について認否が行なわれている(甲第八号証の一七、第二五号証)。しかし、被告らの事務所宛の報告書によれば、進行内容の欄に書証が多数提出されたことがまったく報告されていない(乙第四号証の一七)。

エ 平成元年二月二二日の第一八回口頭弁論については、被告らの事務所宛の報告書によれば前訴乙第五号証ないし乙第八号証を提出したことが記載されているが(乙第四号証の一八)、口頭弁論調書にはその記載がない(甲第八号証の一八、第二六号証)。

オ 前訴第一審口頭弁論調書によれば、平成元年九月二七日の第二二回口頭弁論においては、鑑定人尋問が行われ、書証として嵐田らから前訴甲第一四号証ないし甲第一七号証(本件訴訟の甲第四一号証、第四二号証の一、二、第四三、第四四号証)が提出されたが、被告乙川は不出頭であった(甲第八号証の二二の一、第二五号証)。同期日について被告らの結果報告書は存在せず、原告敏子に報告はされていない。

カ 前訴第一審口頭弁論調書によれば、平成三年二月二七日の第三二回口頭弁論においては、嵐田らの準備書面が陳述され、これに対し「清すみ」の認否が行なわれたが、被告乙川は不出頭であった(甲第八号証の三二)。そのためか、被告らの事務所宛の報告書によれば、進行内容の欄は空白のままで、被告乙川が出頭しなかったことは記載されていない(乙第四号証の三一)。

③ また、前訴第一審では、嵐田らから原告敏子に対する「清すみ」旅館からの立退きの和解金として一億円(平成二年四月一七日の第二四回口頭弁論期日、乙第四号証の二三)ないし八〇〇〇万円(平成二年七月二六日の第二七回口頭弁論期日、乙第四号証の二六)を支払う旨の和解案が示され、裁判所は、双方に一億円で合意できるか検討してくるように指示した様子であるが、右和解案について被告らは原告らに何の連絡もしなかった。

さらに、前訴控訴審においては嵐田らから和解金二五〇〇万円の支払及び平成四年一二月末日までの立退猶予という和解案が提案されたが、これについても被告らは原告らに何らの報告もしなかった。

(2) 打合せ義務違反

前記のとおり、訴訟状況報告義務がより加重される前訴第一審のような場合には、訴訟代理人としては期日ごとに依頼者と打合せを行い、次回期日についての方針を決定すべき義務がある。すなわち、口頭弁論が行なわれれば相手方主張の事実について反論するため事実の確認が必要となり、和解であれば依頼者の意向を聞く必要がある。また、証人尋問、当事者本人尋問の期日であれば、尋問事項の検討とともに尋問についての注意事項を指導するなど打合せに相当時間を要するものが通常である。

ところが、前訴第一審においては、証人として原告充男の尋問を昭和六二年九月三〇日、同年一一月一八日の二回、前訴被告本人として原告敏子の尋問を昭和六三年六月二二日、同年一一月三〇日、平成元年二月二二日の三回にわたって行なったが、被告乙川は前記の打合せ義務に違反し、いずれの期日においても裁判所において尋問前に一〇分ほど話し合っただけで、詳しい打合せを行わなかったものである。

(3) 出頭義務違反

訴訟代理人は、訴訟において期日が開かれる以上、和解期日において原告と被告が別の期日に呼ばれているような特別な場合以外は、必ず裁判所に出頭する義務がある。

ところが、被告両名は右義務に違反し、前訴第一審の昭和六三年九月一四日付第一六回口頭弁論、平成元年九月二七日付第二二回口頭弁論及び平成三年二月二七日付第三二回口頭弁論の合計三回の期日に出頭しなかった。

被告らは、後記のとおり平成三年二月二七日付第三二回口頭弁論においては特になすべき訴訟行為がなかったため出頭する必要がなかった旨反論している。しかし、平成三年二月二七日付第三二回口頭弁論においては、嵐田らの最終準備書面が陳述され、相被告清すみは、従前の主張に反する部分は争うと答弁しているところ、被告両名は不出頭であったため、嵐田らの準備書面については何ら答弁していない結果になっている。右口頭弁論においてなすべき訴訟行為がなかったと言えないことは明らかであり、被告らは出頭すべきであった。また、被告らは後記のとおり、玉井弁護士作成の準備書面が遅れていたことも不出頭の理由としているが、仮にそうであれば、同期日に出頭した上で、裁判所にもう一回続行するように申し入れるべきである。

(4) 主張提出義務違反

依頼者との打合せによって、依頼者からある事実について主張してほしいとか、この証拠の提出をしてほしいとの希望があった場合には、代理人である弁護士は、事実の主張、証拠の提出がその訴訟において有利であるか、不利であるか、どちらともいえない中立的なものか、あるいは流れによってどちらともなり得、判断が難しいものであるかを検討し、有利である場合とどちらともいえない中立的なものである場合には特別な事情がない限り提出すべき義務がある。当該主張、証拠等が不利であるか流れによってどちらともなり得るものか判断が難しい場合には、依頼者に説明し、納得を得て提出を控えるか、依頼者の強い希望があれば不利となることがありうることを十分納得させた上で提出すべきである。

ところで、民事訴訟の最終準備書面において証拠の評価等の要件事実に関しない主張がされているに過ぎない場合については、裁判所が陳述扱いせず、拝見しておきますとして参考に留めることがある。

しかし、前訴第一審において陳述されなかった原告敏子の本件最終準備書面(甲第九号証)の主張は、証拠の評価等の要件事実に関しない主張だけではなく、次のとおり前訴第一審における要件事実、その認否あるいは要件事実に類する重要な間接事実の主張を含んでいた。

① 嵐田らの最終準備書面(甲第二四号証)の第二項においては、ハナ子から死因贈与があった旨の原告敏子の抗弁に対し、死因贈与の意思表示はその到達前にハナ子が死亡したため民法第五二五条により効力を失った旨の再抗弁を主張していた。これに対して、本件最終準備書面では、第三項で本件の事情を総合するとハナ子の死亡前に到達があったと解釈できることを主張していた。これは嵐田らの再抗弁に対する再々抗弁ないし積極否認である。

② 嵐田らは、原告敏子の一人総会が開催された旨の抗弁に対し、前記最終準備書面の第四項で、その抗弁を否認するとともに、一人総会が開催されたとしても取締役の伊藤六郎が出席していないという重大な瑕疵があり決議不存在にあたるという再抗弁を主張していた。これに対して、本件最終準備書面では、第四項において取締役の伊藤六郎は出席していないが同意していた旨の再々抗弁を主張していた。

以上のように本件最終準備書面は、本件訴訟における要件事実、その認否あるいは要件事実に類する重要な間接事実の主張を含んでいたのであるから、前訴口頭弁論において必ず陳述すべきものであった。それにもかかわらず、被告らは前記義務に違反して、弁論終結後に本件最終準備書面を事実上裁判所に提出したにとどまり、弁論再開を申し立てるなどして本件最終準備書面を口頭弁論において陳述することとしないままに終わらせ、右準備書面における前記主張等を前訴第一審に提出しなかった。

被告らは後記のとおり、最終準備書面は証拠の評価等で裁判所が陳述扱いせず、参考に留めることが多いので、本件最終準備書面についても未陳述であるからといって問題はない旨主張しているが、前記のとおり、本件最終準備書面の主張は要件事実等の主張を含んだものであるし、仮に被告らの主張を前提としても、裁判所が陳述扱いにしなくとも参考にはするのであるから、裁判所がこれを読んで参考にできる時期に提出しなければならないことになるところ、本件最終準備書面が提出されたのは判決言渡しのわずか七日前であり、判決の印刷などの準備から見て判決言渡前に読んで参考とされていないことは間違いないから、被告らの主張によっても主張提出義務違反がないということはできない。

(5) 弁論再開の申立義務違反

弁論終結時までに提出できなかった主張、証拠があった場合に、常に弁論再開の申立てを行うべきであるとはいえないとしても、(4)の主張提出義務が働く場合で、かつ弁論再開によって訴訟が遅延することが依頼者に不利とならない場合、敗訴の可能性が相当程度ある場合、弁論終結時までに提出できなかった主張や証拠が有利なものである場合には、訴訟代理人は弁論再開の申立てを行うべき義務がある。特に、既に準備書面が作成されたにもかかわらず、弁論終結時までに提出できなかった場合は、弁論再開の申立てを行うべきである。

ところで、前記のとおり、前訴第一審の弁論が終結した段階で、嵐田らの最終準備書面についての認否・反論を含みかつ要件事実、重要な間接事実に関する主張等も含んだ本件最終準備書面の提出が遅れ、主張として提出されていなかったのであるから、被告らは、弁論再開の申立てをして、本件最終準備書面を陳述すべきであったにもかかわらず、前記義務に違反してそれをしなかった。

(6) 控訴審において再度主張を提出する義務違反

第一審において敗訴して控訴した場合においては、第一審で提出できなかった主張又は証拠があった場合で、(5)の弁論再開の申立て義務が働く場合は、控訴審において再度提出する義務がある。特に既に準備書面が作成されたにもかかわらず、第一審で提出できなかった場合は、控訴審において再度提出する義務がある。

ところで、嵐田らの最終準備書面についての認否反論でありかつ要件事実に関する主張等を含む本件最終準備書面が前訴第一審で陳述されていないのであるから、被告らはこれを控訴審において再度提出すべきであったのに提出しなかったものである。

(7) 補助参加申立てをすべき義務違反

① 補助参加の申立てにはそれほど費用はかからないうえ、紛争が複雑でその紛争を一挙に解決できる訴訟形態がないため一連の紛争についていくつかの訴訟が起こされている状況においては、代理人である弁護士はその別訴について既に情報を持っているのであるから、まったく別の訴訟に参加する場合と違い参加することがそれほど負担になることもない。一連の紛争についていくつかの訴訟が併合されていれば、代理人である弁護士にとって負担にならないのであるから、依頼者が当事者となっていない訴訟の結果によって依頼者の利益が左右される場合には、その訴訟に補助参加の申立てを行う義務がある。

ところで、前訴において原被告間で争われていた権利関係のうち、原告敏子が「清すみ」の取締役であるか否かという点については、訴訟の形態が社員総会決議不存在確認請求となっているので、訴訟の当事者は嵐田らと「清すみ」であり、原告敏子は訴訟の当事者ではない。しかし、右訴訟は「清すみ」の経営権をめぐって嵐田らと原告敏子とが実質的当事者となって生じた紛争であるところ、会社の勢力争いである社員総会決議不存在確認請求訴訟においては、取締役職務代行者は請求棄却を求めるだけで積極的に主張立証を行なわないことが通例であり、実際に前訴においても、「清すみ」の取締役職務代行者渡邊は請求棄却を求める答弁書を提出しただけで、他の主張立証を行なっていない。そして、前訴の本訴請求(3)については、原告敏子が反訴請求(2)において請求原因として主張していた昭和五九年一一月五日付社員総会決議の存在が抗弁の関係に立つものであったところ、被告らは弁護士としての経験から、「清すみ」の取締役職務代行者が実質的な訴訟行為を行わないことを予測していたのであるから、前訴被告の清すみに補助参加し、「清すみ」に代わって訴訟行為を行い、特に右昭和五九年一一月五日付社員総会決議の内容を抗弁として主張する義務があったというべきである。

② 仮に前訴第一審の当初から補助参加を申し立てる義務が被告らになかったとしても、平成三年二月五日の第三一回口頭弁論における嵐田らの釈明によって、本訴請求(3)の社員総会決議不存在確認請求の当事者は嵐田らと「清すみ」であり、原告敏子は訴訟の当事者ではないことが明確になったのであるから、被告乙川は、この時点で釈明の意味に当然気付くべきであり、右釈明を了承した際に補助参加の申立てをすべきであった。

③ 被告らは、補助参加申立義務について、後記のとおり、昭和六〇年四月一九日付社員総会決議の不存在確認訴訟において、原告敏子が主張する昭和五九年一一月五日付取締役選任の主張は抗弁の関係に立たず、補助参加しても主張しようがなかった旨主張している。しかし、昭和五九年一一月五日付取締役選任が真実であれば、昭和六〇年四月一九日付決議に基づく変更登記は就任の年月日を除けば実体関係に符合するものであったことになり、このような実体関係に照らせば、仮に昭和六〇年四月一九日の決議が不存在であったとしても、決議が不存在であることを宣言することは、現に存在する会社の機関である取締役の唯一の公示手段である商業登記を無効ならしめ、実体上は取締役が存在しているにもかかわらず商業登記上は取締役が存在しないという不都合な状態を作り出すだけであり、更には第三者に対する取引の安全を害するという結果を招くだけであって、紛争の終局的解決にはつながらず結局は不相当であることは明らかである。そうであれば、決議不存在の確認を求める請求も不当ということになり、棄却されることになる。したがって、昭和六〇年四月一九日付決議不存在の訴訟において、昭和五九年一一月五日付取締役選任の主張は抗弁の関係に立つ。

④ 補助参加は、控訴審あるいは上告審においてもすることができるところ、被告らは、前訴第一審判決時から補助参加については当然気付いているはずであるから、前訴控訴審あるいは上告審において補助参加の申立てを行なう義務があったところ、右義務に違反して補助参加の申立てをしなかった。

(8) 判決説明義務違反

訴訟を委任した場合には、ごく簡単な貸金請求のような事件あるいは複雑であっても完全勝訴で控訴がなかった場合など例外的な場合を除き、判決後、訴訟代理人は、依頼者に判決の内容について説明を行う義務がある。敗訴した場合には、依頼者としては控訴・上告の余地があるのか、控訴・上告をした場合に判決が有利に変更される可能性があるのかということが最大の関心事であるが、判決書は、法律について知識のない一般人にとっては難しく、正確に理解することができない。訴訟代理人である弁護士は、依頼者自身が、控訴・上告の余地があるのか、控訴・上告をした場合に有利に変更される可能性があるのかを判断できる程度に十分判決について説明すべき義務がある。

ところで、前訴第一審判決の主文は別紙二のとおりであり、主文第一項ないし第三項は、嵐田らの請求を認めたものであり、同第四項及び第五項は、原告敏子の反訴を斥けるものであって、特に同第四項は、反訴請求(1)の訴えを却下するものであるところ、弁護士が訴えを提起して却下になることは極めて異例なことである。被告らは、右判決説明義務に従い、原告敏子に対し、棄却と却下の違い、却下とはいわば門前払いであること、なぜそのような判決になったかなどについて説明すべきであったところ、そのような説明をしなかった。

また、控訴審の訴訟代理人には、控訴審の敗訴判決に対する上告の理由は原則として憲法違反又は法令違反が必要であり常に上告が行えるものではないこと、上告審は法律審で事実の主張はできず書面審理が原則であること、上告の理由は随時提出主義ではなく、上告理由書として上告状受理後五〇日以内に提出しなければならず、提出されない場合は却下となることを説明すべき義務がある。そして、前訴控訴審判決も原告敏子の敗訴であったのだから、被告らには右のとおりの説明を原告らに対してすべき義務があったにもかかわらず、原告らに対し、上告の要件、見通しなどについて何ら説明しなかった。

(9) 上告理由書提出義務違反

弁護士が上告の依頼を受けた場合、特に上告状の作成だけに限定して委任を受けた場合でない限り、上告理由書を提出すべき義務があることは明らかである。

ところが、被告らは右義務に違反し、本件上告後、被告乙川において上告理由書の作成・提出を失念し、これを怠った。

(二) 被告らの故意又は過失

(1) 被告らは、依頼者である原告敏子の権利を実現するという委任契約上の各種義務及びその裏付けとなる忠実義務を負っていたにもかかわらず、前記(一)のとおり九つの具体的義務に違反した。

訴訟委任契約の受任者である弁護士は、その専門家として国家資格を有しており、法律について高度な知識を持つとともに裁判実務について熟知しているから、前記(一)の各義務については当然に認識していると考えられ、被告らも前記各義務については当然に認識していたはずである。特に被告甲山は、昭和三一年に弁護士登録をし、経験も抱負で、所属弁護士会の会長をも勤めたのであるから、前記各義務について十分よく知っていたと考えられる。そうであれば、被告らの前記各義務違反行為は、義務を認識したうえの故意による行為である。仮に、被告両名が、前記各義務を明確に意識していなかったとしても、弁護士としては、当然に認識していたわけであるから、明確に意識すべきであり、過失があったことは明らかである。

(2) 各義務違反行為のうち特に故意と評価されるものについて

① 訴訟状況報告義務に違反する行為について、前記のとおり昭和六三年九月一四日の第一六回口頭弁論においては、口頭弁論が行なわれているにもかかわらず、代理人は欠席して延期の報告をしているが、これは誤ることのありえない事実であり、明らかに故意による行為で悪質である。

また、平成三年二月二七日の第三二回口頭弁論においては、嵐田らの準備書面の陳述、これに対する「清すみ」の認否が行なわれたが、被告乙川は不出頭であったところ、被告両名の事務所宛の報告書の進行内容の欄は空白のままで、被告乙川が出頭しなかったことは記載されていない。明らかに故意による行為で悪質である。

② 出頭義務に違反する行為についても、被告らは合計三回にわたって前訴第一審の口頭弁論期日に出頭しておらず、仮に出頭する必要がなかったとしても、期日を承知の上で欠席したことに変わりはなく、明らかに故意による行為で悪質である。

2  被告らの主張

(一) 訴訟状況報告義務違反について

(1) 訴訟を受任した弁護士がどのような事実を依頼者に報告すべきかについては、訴訟委任を含む委任事務においては一定の範囲でその事務処理が受任者の裁量に委ねられており、このことを前提に訴訟状況報告義務の範囲についても考えるべきところ、訴訟における報告すべき内容には、終局的な訴訟の結果と、その途中の最終的結果の形成に向けた手続の段階とがあり、訴訟委任の最大の目的がその最終的な訴訟結果の獲得にある以上、判決等の訴訟結果を報告すべき義務があるのは当然である。

これに対し、その途中の手続経過については、その大部分が弁護士の判断・裁量に委ねられており、例えば法廷でやりとりする専門的事項等の詳細まですべて漏らさず逐次報告すべき義務はなく、ただその手続中のことであっても、終局的結果に重大な影響を与える事項については、依頼者の判断を誤らせないため、又はこの依頼者の判断を仰ぐために、依頼者に右事項を報告する義務がある(民法六四五条参照)。

本件において被告らが報告すべき事項は、前訴の結果に重大な影響を与えるべき主張、立証(書証及び人証の結果)等であり、これについての原告らの判断を求めるのであれば、数期日分をまとめて報告しても違法ではない。

(2) 被告甲山が主宰する事務所では、一般に、担当の弁護士から被告甲山宛の報告書が作成され、これを事務局において所定の結果報告書に書き写し、郵便発送簿に発送年月日を書き入れた上、依頼者宛に発送しており、前訴においても、被告乙川ら担当弁護士が結果報告書を作成し、これに基づいて事務所から原告敏子宛に期日毎に結果報告書を郵便で発送していたし、書面以外にも適宜電話により報告をしており、また被告らは原告らに対し書証や証人尋問調書の写しを交付していたのであるから、被告らは報告義務を尽くしていたというべきである。

(3) また、被告らは前訴第一審において裁判所から和解金(立退料)を一億円とする和解案の提示があったこと等、前訴第一審、控訴審を通じて和解案の経過を書面及び口頭で十分に説明し、その受入れを説得しており、この点についても被告らに訴訟状況報告義務違反はなかった。

(二) 打合せ義務違反について

前訴第一審は、当初被告甲山らが受任し、堤弁護士が実際には担当していたものであるが、堤弁護士に替わって被告乙川が担当者として関与した際、被告乙川は事件記録を精査するとともに、原告両名と面会して十分に事実調査、意向の確認及び原告敏子の反対尋問準備のための打合せをした。

その後はもっぱら原告充男と打合せをするようになったが、これは原告敏子の意向に従ったものであり、原告充男が原告敏子の夫として旅館「清すみ」の事情にも通じており、原告充男を窓口としても原告敏子の利益を害しないと判断されたからである。

また和解案については、被告乙川が原告敏子側の和解案の作成や嵐田らの和解案の検討等を原告充男に指示すると、原告充男が右検討事項を持ち帰り、その結果を次回期日前に連絡するなどして、各和解期日当たり二回位の割合で十分に打合せをしていたものである。

(三) 出頭義務違反について

原告らが被告らの出頭義務違反を主張する前訴第一審の口頭弁論期日は、いずれも実質的な訴訟行為を予定しない期日であった。

すなわち、第二二回口頭弁論期日においては鑑定人に宣誓させた上鑑定を命ずるという形式的な手続しか予定されていなかった。

また、第三二回口頭弁論期日には、被告乙川は入院中であったため出頭できなかったが、右期日においては準備書面の提出のみが予定され、新たな証拠調べの予定はなく、かつ原告敏子側が準備するとしていた玉井弁護士作成の準備書面の作成が遅れ、被告乙川に送付されていなかったため、被告乙川が出頭しても特になすべき訴訟行為はなかった。そして、嵐田らの最終準備書面の内容はそれまでの訴訟経過をまとめたもので、これについて原告敏子が争っていたことは弁論の全趣旨に照らして明らかであって右期日で特に争う旨陳述する必要もなかったし、弁論の続行についても右期日前に裁判官に電話連絡して申し出ている。

(四) 主張提出義務違反について

一般に、最終準備書面は新たな法的主張や請求原因、抗弁等の要件事実の記載はなく、証拠の評価等の意見が中心である場合が多く、かかる証拠の評価等の意見については裁判所も判断の参考とするに留めて陳述扱いとせず、口頭弁論に上程しないことが多い。そして本件最終準備書面には、新たな法的主張等はなく、陳述されなくても問題はないので、本件最終準備書面が未陳述となっていることによって被告らに主張提出義務違反があったとすることはできない。

原告らは、本件最終準備書面には死因贈与の意思表示の到達についての再々抗弁ないし積極否認及び一人総会についての再々抗弁が記載されていた旨主張するが、前訴第一審判決及び同控訴審判決ともに、これらの前提事実である死因贈与の意思表示も一人総会の開催の事実も証拠上認められないとしており、そもそもこれらの再々抗弁等は問題となり得なかったものであるとし、死因贈与の意思表示の到達についての主張は前訴第一審の反訴状の主張を敷衍したもので特に新たな主張とみるべきものではなく、また一人総会における取締役の出席は要件ではなくこの点についての嵐田らの抗弁は認められないものであったから、原告らの右主張は失当である。

さらに、本件最終準備書面については、依頼者である原告らの強い希望で玉井弁護士が作成することになったものであり、その経緯からして被告らが最終準備書面を作成すべき義務は免除されたというべきである。

そして被告乙川は、原告らに対し、弁論終結期日と判決言渡期日を連絡し、かつ本件最終準備書面の提出期日である平成三年二月二七日の口頭弁論期日に遅れれば判決の役に立たないことを説明して、早期にこれを作成して被告乙川のもとに持参するよう催促したにもかかわらず、本件最終準備書面の作成・持参が右期日に間に合わなかったものであり、本件最終準備書面の提出の遅れについては原告らに責任があり、被告らの責任ではない。

(五) 弁論再開の申立義務違反について

原告らの主張する被告らの弁論再開申立義務違反は、本件最終準備書面の陳述の必要性を前提とするものであるところ、前記(四)のとおり前訴第一審において本件最終準備書面を陳述する必要はなかったのであるから、原告らの主張は理由がない。

(六) 控訴審において再度主張を提出する義務違反について

この点についての原告らの主張も、本件最終準備書面の陳述の必要性を前提とするものであるから理由がない。

(七) 補助参加申立てをすべき義務違反について

(1) 前訴第一審においては、本訴請求(3)が変更登記の登記原因である原告敏子を取締役に選任する旨の昭和六〇年四月一九日開催の臨時社員総会決議を、反訴請求(2)が昭和五九年一一月五日付社員総会での同様の取締役選任決議をそれぞれ主張していたものであり、この両者の決議は事実関係を全く異にし、論理的に併存し得る関係にあるから、後者の決議の主張が前者の決議の不存在確認訴訟において抗弁の関係に立つものではない。

(2) また、原告敏子としては本訴請求(3)において昭和五九年一一月五日付決議を抗弁として主張しなくても、反訴請求(2)において主張した昭和五九年一一月五日の取締役選任が認められれば、本訴請求(3)に敗訴して昭和六〇年四月一九日付決議による取締役就任の変更登記が抹消されても、昭和五九年一一月五日付決議による取締役選任の変更登記をすることにより、原告敏子の利益は守られるのであるから、強いて補助参加をする必要はなかった。

(3) さらに、原告らが問題とする昭和五九年一一月五日付の取締役選任決議は、前訴控訴審において「清すみ」が主張している。

(4) 以上より、原告らの主張は理由がない。

(八) 判決説明義務違反について

この点に関する原告らの主張は争う。前訴控訴審判決後、被告乙川は原告充男に対し、上告には憲法違反又は法令違反等の上告理由が必要であることを説明した。

(九) 上告理由書提出義務違反について

本件上告については、後記のとおり本来適法な上告理由がなく、被告乙川はそのことを条文を引用するなどして原告充男に対し説明した。

本件上告等の訴訟委任契約は、適法な上告理由がなかったにもかかわらず、原告らの強い希望により、嵐田らとの和解交渉の時間稼ぎのための形式的な上告手続と、原告らの資金調達の目処がついた場合の和解交渉の事務処理を目的として締結されたものであり、本来の上告審における審理、訴訟活動を目的としたものではない。右委任契約においては、上告理由書の提出について被告らの判断に任せることとなっており、被告らは原告らに対し、場合によっては上告理由書を提出しないこと、適法な上告理由がないのに上告をすることは不当上告となる可能性があること等を原告らに説明した上で本件上告等を受任したものである。

ところが、本件上告の申立てをして間もなく後、原告らの資金調達が不調となり、前訴上告審での和解の可能性は失われた。前記のとおり被告らは、上告審での和解の途を確保するためにのみ本件上告等を受任したものであるから、和解の可能性がなくなった段階で右委任事務はその目的を終えて終了したものである。したがって、右委任事務終了後に被告らが上告理由書を提出しなかったことには何らの義務違反もない。

二  原告らが被った損害の額及びこれと被告らの義務違反行為との因果関係(争点2)。

1  被告らの義務違反行為がなければ、前訴第一審、同控訴審判決又は本件上告却下決定の判断が変わった可能性があるかどうか(争点2(一))。

(一) 原告らの主張

(1) 主張提出義務違反との因果関係

被告らは、主張提出義務(前記一1(一)の(4))に違反し、原告敏子の本件最終準備書面を提出しなかった。被告らが訴訟状況報告義務(同(1))、打合せ義務(同(2))、出頭義務(同(3))に違反し、原告敏子に充分情報が伝わらなかったことも、右主張提出義務違反の原因になっている。その結果、前訴第一審は原告敏子が勝訴する可能性が高かったにもかかわらず、完全な敗訴になってしまった。

すなわち、前訴第一審判決は嵐田らの最終準備書面についての認否反論である本件最終準備書面が提出されなかったため、嵐田らの右最終準備書面に沿った事実認定をしているだけではなく、以下のとおり着眼点、表現の仕方も極めて似通っている。

① 前訴第一審判決が嵐田らの本訴請求(1)、(2)の当否の判断において、出資金譲渡証及び委任状①、②の有効性を否定するのに当たって、「タイプ印刷」「不動文字が印刷された委任状」という点に着目して判断を示しているが、これらの点は訴訟記録中には嵐田らの最終準備書面以外には特に表れておらず、前訴第一審判決の前記判断が嵐田らの右最終準備書面に強く影響されていることは明らかである。

② また前訴第一審においては、委任状①、②の各ハナ子の名下の印影がハナ子の印章によるものである旨の鑑定結果が出ていたにもかかわらず、嵐田らは、前記最終準備書面において、委任状①と同②とで印鑑が違う点に着眼して原告敏子の「清すみ」に対する社員権の不存在を立論しており、前訴第一審判決も、原告敏子が清すみの持分を有しないとの判断の決め手として、同一の機会に作成された原告敏子宛の委任状①と同②とで印章が異なることは不自然である旨を挙げているが、右判断が嵐田らの前記最終準備書面に強く影響されていることは明らかである。

③ 前訴第一審判決は、原告敏子及び原告充男が「清すみ」の代表者印及びハナ子の実印を使用する機会があったことも原告敏子が「清すみ」の持分を有しないと判断するための決め手として挙げているが、これも嵐田らの最終準備書面の主張どおりに認定してしまったものであり、前訴第一審判決が嵐田らの右最終準備書面に強く影響されていることは明らかである。

ところで、原告敏子は本件最終準備書面において、右②については各委任状はむしろ別の機会にそれぞれ作成された可能性が強く、印鑑の相違は、作成が別の機会であるとすればむしろ自然である旨明解に反論しており、また右③についても、原告敏子らがハナ子の実印を自由に使用することは不可能であった旨明解に反論している。したがって、本件最終準備書面における原告敏子の主張が提出されていれば、前記②、③の点についての前訴第一審の判断が変わったことは明らかであり、そうなれば、委任状①、②についてはハナ子の印章によるものであるとの鑑定結果が出ているのであるから、その文書は真正に成立したものと判断されたことになる。その結果前訴第一審において、委任状①、②によって、原告敏子が「清すみ」の持分五〇〇口を持っていることが確認されたことになる。ところが、被告らが、訴訟状況報告義務、打合せ義務、出頭義務及び主張提出義務に違反し、嵐田らの最終準備書面についての認否反論を記載した本件最終準備書面を提出しなかったことにより、原告敏子が「清すみ」の持分五〇〇口を持っていることが確認されず、完全な敗訴になってしまった結果、原告敏子は後記のとおり出資持分の清算配当金相当額等総額四億七八九二万六六〇〇円の損害を被ったものである。

(2) 弁論再開申立義務違反との因果関係

被告らが、前訴第一審の弁論終結後に弁論再開の申立てを行い、本件最終準備書面を提出し弁論で陳述していれば、原告敏子が「清すみ」の持分五〇〇口を持っていることが確認されたことになる。したがって、被告らが弁論再開の申立て義務に違反し、本件最終準備書面を提出しなかったことにより、原告敏子の完全な敗訴になってしまった結果、原告敏子は、後記のとおり総額四億七八九二万六六〇〇円の損害を被った。

(3) 控訴審における再度主張提出義務違反及び判決説明義務違反との因果関係

被告らが、控訴審において再度主張を提出すべき義務に従って本件最終準備書面を前訴控訴審において提出していれば、前訴控訴審において、原告敏子が「清すみ」の持分五〇〇口を持っていることが確認されたことになる。ところが、被告らが右義務に違反し、本件最終準備書面を前訴控訴審に再度提出することをしなかったことにより、原告敏子の完全な敗訴になってしまった結果、原告敏子は、後記のとおり総額四億七八九二万六六〇〇円の損害を被った。判決説明義務に違反し、原告敏子に前訴第一審判決を充分説明しなかったことも控訴審における再度主張提出義務違反の原因になっている。

(4) 上告理由書提出義務違反との因果関係

前訴第一審判決及び同控訴審判決においては、以下のとおりの上告理由があった。

① 前訴第一審判決は、別紙二のとおり、原告敏子の同人が「清すみ」の持分を有することの確認を求める訴えについてはこれを却下するというものであり、前訴控訴審においてもこの結論は維持された。

前訴第一審判決の却下理由は、原告敏子が「清すみ」の持分五〇〇口を有しないことの確認を求める嵐田らの本訴請求(2)と原告敏子の「清すみ」の持分五〇〇口を有することの確認を求める反訴請求(1)とが同一の権利関係の消極的確認と積極的確認とを求める関係にあることが明らかであるから、原告敏子の右反訴は二重起訴の禁止に違反し、不適法であるという点にある。

しかし、この判決主文及び判決理由は明らかな誤りである。二重起訴の禁止の理由は、二重の訴訟を強いられる相手方の迷惑が著しい上、訴訟制度としても、重複した審理は不経済かつ無益で、しかも矛盾する判決が生じる危険があるからであるが、本訴と反訴のように併合して審理される場合は、前記のような不都合が一切生じないので、二重起訴になったとしても却下とすべきでないとされており、前訴反訴請求(1)は、まさしく本訴と反訴で一切不都合が生じないのであるから却下されるべきではなかったのである。また、前訴判決の理論によると、嵐田らの本訴請求(2)が請求棄却となる場合であっても、反訴請求(1)は常に却下されることになり、何らの紛争解決にならないものであって、極めて不都合である。仮に嵐田らの本訴請求(2)が認められるのであれば、原告敏子の反訴請求(1)は、却下ではなく棄却とすべきであった。

このように、前訴第一審判決及びそれを維持した前訴控訴審判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある。

② また、嵐田らの社員総会決議不存在確認の本訴請求(3)及び原告敏子の取締役であることの確認を求める反訴請求(2)は、何ら理由が付されていないのであるから、本件上告後、補助参加の申立てをすれば、理由不備、理由齟齬の違法を主張することができた。

③ さらに、前訴第一審判決及び同控訴審判決には、事実誤認があった。

すなわち、嵐田らの本訴請求(1)ないし(3)を認容した別紙二の主文第一項ないし第三項は、証拠の評価を誤り、事実誤認であることが明らかであるから、上告理由書が提出されていれば、前訴第一審判決のうち、原告敏子の反訴請求(1)を却下した別紙二の主文第四項が破棄されたであろうことは明らかであり、前訴第一審で審理がされていないのであるから、前訴第一審に破棄差戻しとなったと考えられ、原告敏子の反訴請求(2)を棄却した別紙二主文第五項も嵐田らは否認しただけで、まったく反論していないのであるから、認容に変更されたと考えられる。さらに、嵐田らの請求を認容した右主文第一項ないし第三項も、事実誤認であるとして変更されたと考えられる。

このように前訴控訴審判決には法令違反、理由不備理由齟齬、事実誤認などの上告理由があったのだから、これらの点についての上告理由書が提出されていれば、前記控訴審判決が破棄差戻しとなったことは明らかである。そうなれば、本件最終準備書面を提出することその他の主張立証を行うことが可能であった。その結果、前訴控訴審において、原告敏子が「清すみ」の持分五〇〇口を持っていることが確認されたことになる。

ところが、被告らが上告理由書提出義務に違反したことによって、原告敏子の完全な敗訴になってしまった結果、後記のとおり原告敏子は総額四億七八九二万六六〇〇円の損害を被った。

(5) 補助参加申立義務との因果関係

前訴第一審判決においては、原告敏子を「清すみ」の取締役に選任する旨の社員総会決議の存在につき前訴被告の清すみが何らの主張立証をしないとして、嵐田らの本訴請求(3)が認容されたものであるところ、前訴において被告らが「清すみ」に補助参加の申立てをしていれば、「清すみ」が原告敏子を取締役に選任した昭和六〇年四月一九日付全員出席社員総会の決議の存否及びその有効性について実質的判断が行われ、あるいは昭和五九年一一月五日付社員総会決議によって原告敏子が「清すみ」の取締役に選任された旨の原告敏子の主張について実質的判断が行われることにより、原告敏子が反訴請求(2)で求めた取締役であることの確認が認められ、本訴請求(3)の原告敏子の取締役選任決議の不存在が確認されることはなかったのであり、そうなれば原告敏子は、後記のとおり役員賞与を得られたのである。

ところが、被告らが前記のとおり補助参加申立義務に違反したことにより、原告敏子は、同人が「清すみ」の取締役であることが確認きれることにより得られたであろう後記役員賞与額の損害を被ったものである。

(6) 前訴の結果が変更された可能性について(確率的因果関係論)

原告らの主張する損害のうち、出資持分の清算配当金相当額、役員賞与相当額等については、被告らが前記各義務に違反せず、義務に従って適切な行為を行なったという事態を想定し、その結果、前訴の判決が変更された可能性がどの程度であったかという現実には発生しなかった仮定的事実の発生可能性が問題となる。

仮に本件において、前訴の判決が変更された可能性について定性的、悉無的判断によった場合には、被告らの義務違反があるにもかかわらず、結果として証明がないことに帰するというとしても、前訴の判決が変更されたかどうかを、定量的、確率的に判断するならば、損害が義務違反に起因する可能性の程度を賠償額に反映させることが可能になる。そして、本件は、不法行為における因果関係という、一回的事実の有無というよりはむしろ過去の事実関係をもとに行なう評価としての側面を持ち、また確率的判断を反映させる対象が損害賠償額という可分なものとなる要件事実が争点となっており、また本件における前訴の判決が変更された可能性については、被告らの九つの義務違反等という複数の原因が競合し相互に補完的な関係にあるので、総合的確率的判断になじむものであり、さらに本件は、前訴が原告敏子敗訴に確定した複数の原因のうち、被告らの義務違反による損害を量定する操作が必要な場合である。

以上により、仮に原告らが右(1)ないし(5)で主張する本件における原告らの損害と被告らの義務違反行為との(相当)因果関係が認められないとしても、予備的に右の確率的因果関係論を主張する。

(二) 被告らの主張

(1) 主張提出義務違反との因果関係について

原告らは、前訴第一審判決の理由と嵐田らの最終準備書面の表現等が類似していること等を根拠として、前訴第一審判決は右最終準備書面に不当に影響されているから、これに反論している本件最終準備書面が提出され口頭弁論において陳述されれば右判決の結論は異なっていた旨主張する。

しかし、嵐田らの最終準備書面及び本件最終準備書面において主張されていたのは証拠の評価に関する問題のみであり、証拠は裁判官の自由な心証により取捨選択され、その取捨選択の過程が経験則に違反し著しく不合理でない限り、証拠の評価は裁判官の自由な判断に委ねられているものである。

そして、前訴第一審判決は、委任状二通について署名や印章がハナ子のものと認められても、委任欄を含むその余の記載がタイプでされていることから偽造の可能性があること、出資金譲渡証は写しに過ぎず証拠価値が低いこと、委任状二通の内容は委任状として記載されるものとしては不自然であること、原告充男と右各書類の記載内容そのものである「清すみ」の出資持分の変更や取締役選任の登記手続等を相談したにもかかわらず、ハナ子が右各書類のことを原告敏子や原告充男に全く説明しなかったこと等の種々の不自然な点を指摘して、これらの記載は信用できない旨結論付けており、また「タイプ印刷」、「不動文字」については、これらを書証として取り調べればその奇異なことは一目瞭然であるとしている。さらに、これらの各書類が仮に同一の機会に作成されたものではないとしても、いずれも原告敏子宛に作成され、同一の機会に原告敏子に預けられた右各書類が印章等の点で異なっていることは奇異の感を免れないとして、本件最終準備書面の反論を実質的に排斥している。

これらに照らすと、前訴第一審判決の事実認定、証拠の評価は経験則に違反し著しく不合理なものとはいえず、仮に本件最終準備書面が口頭弁論において陳述されてもその結論が変わった可能性はなかったというべきであり、原告らの主張に理由はない。

(2) 弁論再開申立義務違反との因果関係について

この点に関する原告らの主張は、前記(1)で検討した主張提出義務違反との因果関係についての論理を前提とするものであるから、これも理由がない。

(3) 控訴審における再度主張提出義務違反及び判決説明義務違反との因果関係について

この点に関する原告らの主張も、結局は本件最終準備書面についての前記(1)の論理を前提とするものであるから、理由がない。

(4) 上告理由書提出義務違反との因果関係について

原告らは、前訴における上告理由として、前訴第一審の反訴請求(1)に対する却下判決について、二重起訴の禁止の解釈を誤った判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反等を主張するが、民訴法二三一条の二重起訴の禁止は反訴にも適用され、本訴請求(2)のような消極的確認の訴えと反訴請求(1)のような積極的確認の訴えとは同一の訴訟の典型であるから、原告らの主張は理由がない。

また、原告らの理由不備、理由齟齬に関する主張、事実誤認に関する主張は結局本件最終準備書面に関する主張と同一であるから、これも理由がない。

このように上告理由に関する原告らの主張に理由がない以上、原告らの主張する損害と上告理由書の不提出との因果関係を問題とする余地もない。

(5) 補助参加申立義務違反との因果関係について

原告らの主張する損害と補助参加申立義務違反との因果関係が認められるためには、昭和五九年一一月五日付社員総会における原告敏子の取締役選任決議が認められることがその前提であるところ、前訴第一審、同控訴審判決ではこれが認められていないのであるから、仮に補助参加申立義務を認めても前記各損害の発生との間の因果関係は認められない。

2  被告らの義務違反行為がなければ、和解が成立していた可能性がああるかどうか(争点2(二))。

(一) 原告らの主張

(1) 訴訟状況報告義務違反との因果関係

前記一1(一)(1)③のとおり、前訴第一審においては、嵐田らから原告敏子に対し一億円ないし八〇〇〇万円を支払う旨の和解案が提示され、この和解案に対して裁判所から一億円で合意できるか検討するように指示された様子であり、被告らが、訴訟状況報告義務に違反せず原告敏子に対して十分訴訟の状況と見通し、特に右和解の経過を報告していれば、前訴第一審において八〇〇〇万円ないし一億円で和解が成立した可能性が十分ある。よって、被告らが、訴訟状況報告義務に違反したことにより、原告敏子は、少なくとも八〇〇〇万円の損害を被った。

(2) 主張提出義務違反、弁論再開申立義務違反との因果関係

仮に前訴第一審に本件最終準備書面が提出されたとして、結局は原告敏子が清すみの持分五〇〇口を持っていることが確認されることはなかったとしても、判決では、証拠により証明された主張が優越している側が勝訴するのに対し、和解においては両者の主張の形勢に応じてその割合に従った和解が行われる。本件においては、被告らが前訴第一審弁論終結後、弁論再開の申立てを行い、本件最終準備書面を提出していれば、原告敏子にとって有利な和解が行われたことは確実である。前記のとおり、前訴第一審において嵐田らから八〇〇〇万円を支払う旨の和解案が示されており、本件最終準備書面が提出されていれば、この八〇〇〇万円を支払う旨の和解案により相当程度原告敏子にとって有利な和解が行われたことは確実である。

(3) 前訴控訴審における和解成立の可能性

前訴控訴審においては、平成三年一一月一日の第四回和解期日において、嵐田らから原告敏子に売却する気はないが、和解金として一〇〇〇万円程度支払うか又は二年ほど「清すみ」旅館等の明渡しを猶予する旨の和解案が示され(乙第五号証の五)、平成三年一二月一三日の第五回和解期日において、嵐田らから明渡しは平成四年一杯として即金で二五〇〇万円支払う案が提示された(乙第五号証の六)。結局前訴控訴審において和解は成立しなかったが、被告らが、判決説明義務違反に違反せず原告敏子に対して前訴第一審判決を十分説明し、訴訟の状況、見通しを報告するとともに、前訴控訴審において再度主張提出義務に従い、本件最終準備書面を提出していれば、二五〇〇万円で和解が成立した可能性があるから、被告らが前記各義務に違反したことにより、原告敏子は、少なくとも二五〇〇万円の損害を被った。

(4) 前訴上告審における和解成立の可能性

原告らは、上告審における審理の時間的経過の中で、和解による紛争の解決を考慮していたものであるから、被告らが上告理由書提出義務に従い上告理由書を提出していれば、前訴上告審又は前訴控訴審判決の破棄差戻審において、和解が成立した可能性がある。

(二) 被告らの主張

(1) 訴訟状況報告義務違反との因果関係について

前記のとおり、被告らは訴訟の経過等を原告らに十分報告しており、また被告乙川は、前訴第一審における一億円の和解案については、検討に値するものと判断して、原告らに十分説明し、判決になると敗訴する可能性が高いことなどに言及して説得を試みたが、原告らが出資金譲渡証、委任状①、②の存在を根拠に、敗訴する可能性がないという信念を抱いていたことから、被告乙川の説得を拒絶したものであり、被告らの報告と和解の不成立による損害とは無関係である。

(2) 主張提出義務違反、弁論再開申立義務違反及び控訴審における主張提出義務違反との因果関係について

前訴のように長期間にわたり、激しく争われた事案において、本件最終準備書面のような準備書面一通が提出されただけで和解の流れが変わることなどは考えられず、被告らが前訴第一審弁論終結後弁論再開を申し立て、本件最終準備書面を陳述し、あるいは前訴控訴審において本件最終準備書面を提出し陳述したとしても、原告らの主張する内容の和解が成立する可能性はなかった。

3  原告らの損害額(争点2(三))

(一) 原告らの主張

(1) 原告敏子の損害

合計四億七八九二万六六〇〇円

① 逸失利益

ア 出資持分の清算配当金相当額

四億円

「清すみ」の資産のうち、主要なものは、「清すみ」旅館の借地権及び隣接地の建物(「清すみ」経営のレストラン)の借地権である。「清すみ」旅館の敷地(千葉市稲毛区稲毛一丁目八三八番地三、宅地、甲第八一号証)は457.07平方メートル(138.5坪)であり、当時の更地価格を坪当たり三五〇万円として、借地権割合を0.7とすると、借地権価格(一坪の端数は切捨て)は約三億三八一〇万円となる。隣接地の建物は、敷地部分(千葉市稲毛区稲毛一丁目八四〇番地一及び八四三番地一の各一部、甲第八三、第八四号証)が七二六平方メートル(二二〇坪)であり、坪当たり三五〇万円として、借地権割合を0.7とすると、借地権価格は五億三九〇〇万円となる。したがって、「清すみ」の旅館とレストランの各借地権の合計価格は八億七七一〇万円となり(甲第五、第六号証)、負債を返済した残余の会社財産は、八億円を下らないものである。「清すみ」の総出資口数は一〇〇〇口であるが、争点となった原告敏子が保有する出資口数は五〇〇口であるので、原告敏子の清算配当額は四億円相当で、これを喪失したものである。

イ 役員賞与(従業員給与)相当額

五八九二万六六〇〇円

原告敏子は役員兼従業員として「清すみ」で勤務してきたものであるところ、役員賞与と称して「清すみ」から従業員給料の支払を受けており、平成四年の年額は五六〇万円であった(甲第二号証)。

ところが、本件上告却下決定により前訴での勝訴が確定した嵐田らが「清すみ」旅館を閉鎖するとともに、嵐田らが選任した「清すみ」の代表取締役加賀谷幸男が、平成四年一二月二四日付けで従業員全員に対し解雇の意思表示をしたため、原告敏子は「清すみ」の従業員としての地位を失った。原告敏子の前訴終了当時の就労可能年数は一三年間であったので、昇給等も考慮し、年収六〇〇万円に新ホフマン係数9.8211を掛けると、五八九二万六六〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになる。

② 慰謝料 二〇〇〇万円

被告甲山は、千葉県弁護士会の会長も勤め、大きな事件や著名事件を多数扱っている高名な弁護士であり、また被告乙川は元は被告甲山の事務所に所属しその後独立したものであって、前訴について同人が中心となって訴訟活動を行うとしても被告甲山が監督して話合いの上で事件を扱うのであれば間違いないと考え、委任契約の履行を期待していたものであるが、被告らの前記各種義務違反行為によってその期待は完全に裏切られたものであり、このような期待権の侵害によって原告敏子が被った多大な精神的苦痛に対する慰謝料は、前訴訴訟物の価格(出資持分清算配当金)の五パーセントである二〇〇〇万円を下らない。

(2) 原告充男の損害

合計八〇三八万四五〇〇円

①従業員給与相当額(逸失利益)

六〇三八万四五〇〇円

原告充男も、「清すみ」の従業員として勤務し年額五〇〇万円の従業員給与の支払を受けていたところ、本件上告却下決定後、原告敏子とともに「清すみ」を解雇され、右従業員としての地位を失った。

これは、被告らの義務違反行為により、原告敏子の「清すみ」に対する社員権の不存在及び同人の取締役の地位の不存在が確定してしまった結果、嵐田らによって「清すみ」旅館が閉鎖され、従業員が全員解雇されたため、原告充男も「清すみ」の従業員たる地位を喪失し、その結果右のとおりの損害を被ったものである。

原告充男の当時の就労可能年数は一七年間であり、年収五〇〇万円に新ホフマン係数12.0769を掛けて算定した六〇三八万四五〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになる。

② 慰謝料 二〇〇〇万円

原告充男は、原告敏子の夫かつ代理人として、被告らに対し「清すみ」の経営権をめぐる紛争の事件処理を依頼した実質上の当事者であり、原告敏子に代わって被告らと打合せをするなど、全面的に協力体制をとってきたものであり、被告らの前記各義務違反行為により受けた精神的苦痛は多大であり、これを慰謝するには二〇〇〇万円が相当である。

(二) 被告らの主張

原告らの主張は争う。特に本件上告については、和解の途を確保するためだけにされたものであり、判決が変わることを期待したものではない。ましていたずらに判決確定を引き延ばし、時間稼ぎをすることは委任事務の範囲内ではなく、原告らの主張するような期待は前提とされていなかったものであるから、上告理由書を提出しなかったことによる慰謝料は認められない。

第四  争点に対する判断

一  争点1(前訴第一審提起から本件上告却下決定に至るまでの間に、被告らに、原告らとの間の前訴の訴訟委任契約上の義務違反ないし注意義務違反となる行為があったか否か)について

1  原告らと被告らとの間の訴訟委任契約について

(一) 原告敏子と被告らの訴訟委任契約

前記争いのない事実等に甲第七九、第八〇号証、乙第一六号証、原告充男及び被告乙川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、(1)原告敏子は昭和六一年七月一日ころ、被告甲山外四名の弁護士に復代理人の選任を含む前訴第一審訴訟の追行を委任し、被告甲山は実際の具体的な訴訟活動や依頼者との打ち合せ等について被告甲山の事務所に所属していた堤弁護士に担当させ、その後昭和六三年九月二八日(前訴第一審第一七回口頭弁論期日の前)に被告甲山は原告敏子の了解を得て被告乙川を訴訟復代理人に選任し、以後は主として被告乙川が前訴第一審を担当したが、被告甲山は、右両弁護士を指導監督する立場にあったこと、(2) 原告敏子は、前訴控訴審及び上告審については被告両名ほかの弁護士に訴訟委任し、被告甲山の指導の下に主として被告乙川が訴訟を担当したことが認められる。

右事実に、訴訟復代理人が代理人と同一の権利義務を有することを合わせ考えると、被告甲山は前訴第一審の冒頭から、被告乙川は前訴第一審の途中から、いずれも本件上告却下決定に至るまで、(復代理人選任後は共同して)前訴の訴訟追行をなすについての一切の件を原告敏子から受任したものと認められる。

(二) 原告充男と被告らとの関係

前記争いのない事実等に甲第七九号証、乙第一六号証、原告充男及び被告乙川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告充男が「清すみ」の経営権をめぐる嵐田らとの間の紛争に関する交渉や被告らほかの弁護士との相談等の事務全般について、原告敏子の事実上の代理人として行動しており、また前訴控訴審以降は原告充男がもっぱら原告敏子に代わって被告らとの相談をしていたことが認められる。

しかし、これらの事実によって、原告充男と被告らとの間に、「清すみ」の経営権をめぐる紛争全般の解決についての事務処理を原告充男のために行うべき委任契約が成立したものと認めることは相当でなく、その他に右委任契約が原告充男と被告らとの間で成立したことを認めるに足りる証拠はない。

(三) したがって、原告敏子については被告らの委任契約上の義務違反による損害賠償請求権の有無を検討する余地があるが、原告充男については被告らの注意義務違反による不法行為が成立し得ることは格別、委任契約上の義務違反を論ずる余地はないというべきである。

2  民事訴訟を受任した弁護士の一般的義務について

一般に、民事事件において訴訟等の裁判上の手続を受任した弁護士は、委任の趣旨に従い、法律実務の専門家として善良な管理者の注意をもって依頼者の権利及び正当な利益を擁護し、そのために必要な訴訟活動をすべき委任契約上の義務を負う(善管注意義務、民法六四四条、弁護士倫理一九条参照)のみならず、右委任契約に基づき、受任した事件の処理及びこれに密接に関連する事項について、誠実にその職務を行い、依頼者のために適正妥当な法的措置を探求し、その実現を期すべき法的義務を依頼者に対して負っているというべきである(誠実義務、弁護士法一条二項参照)。

ところで、右義務を適切に履行するために、弁護士が受任した訴訟に関連してどのような具体的措置を採るべきかについては、右具体的措置の内容、性質、特に依頼者のどのような利益と関連して右措置が問題となるかによって、以下のとおり異なるというべきである。

(一) 訴訟においてどのような主張立証を行い、その他いかなる訴訟行為を選択すべきかは、原則として弁護士の専門的な知識、経験等に基づく適正な判断によって決すべき事項であり、当該受任者たる弁護士の判断に基づく行為が著しく不適正なものであったなどの特段の事情のない限り、右選択の適否が委任契約上の善管注意義務その他の義務違反を招来するものではないと考えられる。原告らが被告らの各義務違反行為として主張するもののうち、主張の提出、弁論再開の申立て、補助参加の申立て等については、右見地から判断されるべきである。

(二) 一方 訴訟の進行状況や結果等についての依頼者への報告、説明、打合せ等に関しては、一般的に弁護士は適宜依頼者に審理の進行状況等を報告し、事件の処理方針について打合せを行う委任契約上の義務を負うと解される(民法六四五条、弁護士倫理三一条参照)。

右の報告、打合せ等の義務を尽くすべき具体的事項についてみると、訴訟委任の最大の目的がその最終的な訴訟結果の獲得にある以上、判決その他の当該事件の終局的解決に際しては、特段の事情のない限り、これを依頼者に報告し、その内容等について十分に説明して、依頼者が上訴その他の措置を採る上で適切な判断材料となる情報を提供すべき義務がある。これに対し、当該訴訟の終局的解決に至るまでの手続的経過の詳細や、弁護士の裁量の範囲内に属する専門的事項等については、その全てについて逐一依頼者に報告しその指示を受ける必要は必ずしもないというべきであり、ただそのような手続的、専門的事項についても、終局的結果に重大な影響を与える事項については、当該事件の帰趨に関する依頼者の最終的な自己決定権を保障するために、依頼者に右事項を報告し、必要な範囲で説明、打合せ等をすべき義務を負うというべきである。

(三) さらに、上訴などの不服申立てによって審判を受けるべき機会ないし期待という依頼者の手続的利益を確保するために、上訴期間内に上訴の申立て等を行うことなどについては、原則として弁護士の裁量権は認められず、上訴等の手続を特別に受任した弁護士が右期間内に上訴の申立て等の措置を採らなかったために敗訴判決が確定するなどして、依頼者の前記手続的利益が奪われた場合には、特段の事情のない限り弁護士には委任契約上の善管注意義務違反ないし誠実義務違反が認められると解するのが相当である。

以上を前提に、本件における被告らの具体的な委任契約上の義務違反の有無について検討する。

3  訴訟状況報告義務違反について

(一) 甲第五、第六号証、第八号証の一ないし二〇、二一の一、二、二二の一、二、同号証の二三ないし三三、第一二号証の一、二の一、二、同号証の三、四、第二五ないし第二七号証、乙第三号証、第四号証の一ないし三一、第五号証の一ないし八、第六号証の一ないし一〇、第七号証の一ないし六、第八号証の一ないし五、第一二号証の一ないし五、第一三号証の一、二、第一四ないし第一六号証、証人佐野善房の証言、原告充男及び被告乙川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 前訴当時、被告甲山の事務所では、開廷日、出頭者、進行内容、次回期日と裁判所への依頼者の出頭の要否、次回の手続の内容、連絡事項等の記載欄のある期日結果報告書の書式を用意し、まず担当弁護士が期日結果報告書を被告甲山の事務所に提出し、右報告書の内容を事務局においてほぼそのとおりに書き写した期日結果報告書を被告甲山の事務所から訴訟事件の依頼者宛に期日ごとに普通郵便等で発送し、これによって期日毎の結果を報告する方針をとっていた。

前訴第一審においては、第一六回口頭弁論期日までは堤弁護士が、第一七回口頭弁論期日以降は被告乙川が各期日ごとにそれぞれ被告甲山事務所宛の結果報告書を作成し、原告敏子に対しては第三一回口頭弁論期日の分までは被告甲山の事務所から、第三二回口頭弁論期日についてのみ被告乙川の事務所から期日結果報告書が郵送されていた。

前訴控訴審においても、被告乙川が弁論、和解を通じて各期日ごとに、被告甲山宛の結果報告書を作成し、被告甲山の事務所から原告敏子に対して期日結果報告書が郵送されていた。

(2) 前訴第一審において堤弁護士及び被告乙川が被告甲山事務所に提出した期日結果報告書の記載内容は別紙四「期日結果報告書の記載」欄のとおりであり、その中には第三の一の1(一)(1)②アないしカで原告らが主張するとおり書証の提出・認否や鑑定人尋問、送付嘱託文書の提示などの訴訟行為が記載されていないものもあり、また堤弁護士や被告乙川が不出頭の期日に不出頭であったことが記載されていないものもあるなど、必ずしも訴訟の進行状況の詳細まで正確に記載したものではなかったが、証人や当事者本人の尋問の予定、次回期日と原告敏子の出頭の要否、打合期日の連絡、和解の経過や和解案の基本的な内容、和解の打切りなどの事情については概ね記載されているものであった。

(3) 被告らは前記のとおり原告敏子宛に期日結果報告書を郵送していたほか、堤弁護士及び被告乙川において、原告らから求めがあった場合には、適宜電話や事務所での面談等により、訴訟の進行状況等について原告らに報告しており、また被告らの作成した準備書面等の写し等を原告らに交付していた。

(4) 前訴第一審においては三度にわたって和解が行われたが、一度目は原告敏子から嵐田らに対し「清すみ」旅館の土地建物等を原告敏子が買い取る旨の提案がされたが不調に終わり、二度目には、原告敏子が「清すみ」旅館を買い取った上で第三者へ売却する等の和解案が検討されたが合意に至らず和解は打ち切られた。

三度目の和解兼弁論においては、原告敏子側が「清すみ」旅館の買取りを主張したのに対し、嵐田らからは原告敏子が旅館の経営から退き、旅館の建物等を嵐田らに明け渡す代わりに、嵐田らから立退料ないし解決金として一億円程度を原告敏子に支払う旨の和解案が提案された(平成二年四月一七日第二四回口頭弁論期日)。

これに対し、被告乙川は、原告らの意見を参考に、「清すみ」旅館とこれに隣接するレストランについて、坪単価三五〇万円の評価を基礎として嵐田ら所有の土地建物に対する「清すみ」の借地権又は借家権の価格を想定し、これについて原告敏子の持分をそれまでの主張どおりの五〇パーセントの場合と双方の主張の中間値の二五パーセントの場合とに分け、原告敏子の持分を最高で三億七九七五万円、最低で一億四一七五万円と試算し、その中間値である二億円以上を立退きの和解金額として、嵐田らに提示した(平成二年七月二日の第二六回口頭弁論期日)。

右二億円以上の提示に対し、嵐田らの提案は一旦は五〇〇〇万円ないし七〇〇〇万円の立退料案に後退したが、その後「清すみ」の借地権の主張を考慮して、八〇〇〇万円を支払うとの和解案を提示してきた(平成二年七月二六日の第二七回口頭弁論期日)。これらの提案を受けて、裁判官は一億円程度の支払で合意できるかどうか双方に検討するよう指示した。

被告乙川は、右和解案の金額的な推移について記載した期日結果報告書を作成し、これを書き写したものを被告甲山事務所から原告敏子に郵送させるとともに、原告充男を被告乙川の事務所へ呼び出し、嵐田らの提案の根拠となった同人ら訴訟代理人佐野善房弁護士作成の資料を見せて、一億円の立退料の支払で合意するよう原告充男を説得したが、原告充男はこれに応じず、結局三度目の和解も打切りとなった。

(5) 前訴控訴審においては六回にわたって和解期日が開かれ、当初は原告敏子の側は、不動産鑑定士の意見等を参考に、前訴第一審と同様坪単価三五〇万円の評価を基礎とし、「清すみ」旅館の建物は「清すみ」の所有とみなし、「清すみ」の有する借地権価格に対して原告敏子の持分をそれまでの主張どおりの五〇パーセントの場合とした場合のみを想定して、原告敏子の土地利用権評価額を四億三八五五万円と試算し、右試算に基づいて四億円で「清すみ」旅館の土地建物及びレストランの建物を買い取る旨の和解案を提示した。

しかし、嵐田らは右提案を拒否し、原告敏子に対し立退きを求め、立退きの和解金として一〇〇〇万円を原告敏子に支払うか、又は立退料はなしで旅館等の明渡しを二年間猶予する旨の和解案を提示し、その後裁判官からの勧告を受けて和解金二五〇〇万円を原告敏子に支払い、明渡しの猶予については長くとも平成四年末までとする旨の和解案を提示した。

被告乙川は、右和解期日の推移について期日結果報告書によって原告敏子に報告するとともに、原告充男に対し嵐田らの提示した和解案を受け入れるよう説得したが、原告充男が前訴第一審の判決に不服であり、判決を受けたいとの姿勢を強く貫いたため、説得を断念し、結局和解打切りとなった。

(二) 以上認定した事実によれば、被告らにおいては原告らに対し、訴訟の進行状況や各期日の弁論、立証事項、和解案の内容等のうちの基本的な事項については、担当弁護士の堤弁護士及び被告乙川から期日ごとに被告甲山の事務所に期日結果報告書を提出させ、これをほぼそのとおりに書き写した期日結果報告書を原告敏子に郵送する方法で報告していたものと認められる。

そして被告らは、口頭でも適宜原告らに対し報告、説明等を行っており、前訴第一審及び同控訴審における和解案の経過についても書面及び口頭でその都度説明し、前訴第一審では相手方から交付を受けた資料等を提示して裁判所から指示のあった一億円の立退料で和解することを口頭で説明して説得し、また前訴控訴審でも相手方からの和解金二五〇〇万円及び明渡し猶予の提案を受けて原告充男を説得したと認められるのであるから、訴訟委任契約上依頼者に対して負う報告義務は尽くしたというべきであり、被告らに原告らの主張するような訴訟状況報告義務違反があったものと認めることはできない。

原告らは、前訴第一審及び同控訴審においては被告らから期日結果報告書の一部しか原告敏子に対して郵送されておらず、また前訴第一審での一億円の和解案、前訴控訴審での二五〇〇万円の和解案についてともに何の連絡もなかった旨主張するが、右事実及び前記各証拠に照らし採用できない。

また、原告らは前訴第一審における口頭弁論の内容と被告甲山事務所宛の期日結果報告書及び原告敏子宛の右報告書の記載内容との間に別紙四のとおりの齟齬があることを根拠に、被告らの訴訟状況報告義務違反を主張するが、被告らが故意にしたものとは認めがたい上、前記のとおり弁護士には当該訴訟の手続的経過の詳細や専門的事項の全てについて逐一依頼者に報告する義務は必ずしもなく、また前記のとおり訴訟の進行状況のうちの基本的な事項については原告らに対し書面又は口頭で報告していたものと認められるから、右主張は採用できない。

さらに原告らは、前訴は紛争が複雑であり、また原告敏子が基本的に被告の立場にあり、判決で勝訴しても原告敏子本人の望む紛争の解決にならず、このため積極的に和解が行われた事案であるから、紛争全体の解決のために、通常の訴訟委任の場合よりも訴訟状況報告義務が加重されている旨主張するが、このような事情があるからといって、被告らの行った報告が不十分であって、受任弁護士としての報告義務を尽くしていないとは認められない。

4  打合義務違反について

争いのない事実に乙第四号証の一ないし三一、第一六号証、原告充男及び被告乙川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、嵐田らから前訴第一審の訴訟の提起を受けて、原告らが被告甲山に訴訟委任するために昭和六一年七月一日(被告甲山に訴訟委任した日)の前後二、三回にわたって被告甲山の事務所を訪問した際、被告甲山及び堤弁護士は「清すみ」の経営権をめぐる紛争の概要について各二、三〇分程度説明を受け、打合せをしたこと、被告乙川も前訴第一審の訴訟復代理人になった際の昭和六三年一一月四日、同月二五日、同月三〇日の三回にわたって、原告らから「清すみ」関連の紛争の経過、これまでの訴訟の経緯等について事情を聴取したほか、同月三〇日には当日予定されていた原告敏子の反対尋問等について三〇分程度打合せをしたこと、被告らは前訴第一審の口頭弁論期日全三三回のうち合計一二、三回について原告らと打合せをしたこと、その他にも和解案の検討に際しては、被告乙川が必要な都度「清すみ」旅館に電話連絡し、原告充男を被告乙川の事務所に来所させて打合せをしていたことが認められる。

これらの事実によれば、被告らは原告らとの間で、「清すみ」をめぐる紛争の概要の把握、前訴第一審の終局的な解決を図る上での基本的方針の決定、原告敏子の尋問についての留意事項の把握、さらには和解すべきか判決を求めるべきか、いかなる和解案を受諾すべきか等についての原告らの意思決定などのために、必要かつ十分な打合せを行っていたものと認められ、被告らに打合せ義務違反があったものと認めることはできない。

原告らは、訴訟状況報告義務がより加重される前訴第一審においては、期日ごとに依頼者本人と打合せをすべき義務が被告らにはあったとするが、前訴の内容及び経過に照らしても被告らのした打合せが不十分であったとは認めがたいし、また前訴第一審の口頭弁論期日には、単なる書証の認否や送付嘱託文書の提示、鑑定人尋問等必ずしも依頼者本人との打合せをしなくても弁護士の専門的裁量の範囲内で処理できる手続のみが行われた期日もあるから、期日ごとに打合せをしなかったからといって打合せ義務に違反するとまではいえない。

5  出頭義務違反について

(一) 訴訟代理人等として訴訟を受任した弁護士は、概ね裁判所と打ち合わせた期日を口頭又は期日請書で請けた上で、次回期日に出頭するのであるが、このように一旦請けた期日については、裁判所に対する関係で出頭義務を負うのみならず、依頼者との関係においても善管注意義務に附随して原則として期日への出頭義務を負うものと解するのが相当である。

もっとも、当該期日に予定されている手続の性質、内容等によっては、必ずしも訴訟代理人が出頭して訴訟行為をしなくても、訴訟の進行状況や終局的解決の帰趨等にさほど影響を与えないものもあり、このような期日については、訴訟代理人が出頭しなかったからといって直ちに依頼者に対する法的義務違反になるとまでいうことはできないとし、その他やむを得ない事由がある場合には、期日への不出頭が訴訟の受任者としての善管注意義務違反等になることはないというべきである。

(二) 甲第八号証の一六、二二の一、三二、第九、第二五ないし第二七、第三一、第六五、第六六号証、乙第四号証の三〇、三一、第七号証の二、第一三号証の二、第一六号証、原告充男及び被告乙川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 前訴第一審の昭和六三年九月一四日第一六回口頭弁論期日には、原告敏子の反対尋問が予定されていたところ、当時の担当の堤弁護士、原告敏子ともに出頭せず、反対尋問は次回期日に続行となった。

(2) 平成元年九月二七日の第二二回口頭弁論期日においては、出資金譲渡証及び委任状①、②の印影及び筆跡等について、鑑定人に宣誓させた上鑑定を命ずる手続が行われたところ、被告乙川及び「清すみ」取締役職務代行者渡邊はいずれも不出頭であった。

(3) 平成三年二月二七日の第三二回口頭弁論期日においては、被告乙川は二月一八日以降三月五日まで病気入院中であったため出頭できなかった。

しかし、被告乙川は、その前の二月五日の第三一回口頭弁論期日において最後の証人前田壌一の尋問が終了した際、原告敏子に対し同日発送の期日結果報告書で、次回は双方最終準備書面陳述の上弁論終結、次々回に判決言渡しという手続になることを連絡し、また口頭でも伝えた。

一方、二月五日の期日に被告乙川に同行して裁判所に来ていた原告充男は、被告乙川に対し、「準備書面は玉井弁護士に作成してもらうことになっているので、これを提出してほしい。」と申し出た。

被告乙川は、玉井弁護士が取締役職務執行停止仮処分事件で原告敏子の代理人を務めていて出資金譲渡証及び委任状①、②を原告らにおいて発見した際の経過等、前訴以前の「清すみ」の紛争の経過を熟知していたことなどから、原告充男の申出を了承し、二月中旬ころに訴訟記録の写しを原告充男に交付した。

ところが二月一八日に被告乙川は病気入院し、二月二七日に予定されていた期日に出頭できなくなったため、裁判所に対し期日の変更ないし延期を申し出たが、担当裁判官からは、裁判官の異動が予定されていたこともあり、一応予定どおり弁論を終結した上で、その後に最終準備書面が提出されその内容に新たな主張があれば弁論を再開するが、証拠の評価についての意見等にとどまるものであれば再開しないとの回答があり、被告乙川はこの回答に従い、二月二七日の弁論終結を受け入れることとした。

被告乙川は裁判所の右回答を受けて、電話で原告充男に対し、次々回は判決言渡期日なので、早く最終準備書面を届けてくれなければ間に合わないと連絡した。

しかしながら、原告充男から最終準備書面が被告乙川のもとに届けられないまま二月二七日の期日を迎え、被告乙川は期日に出頭しなかった。このため、嵐田らの最終準備書面が陳述されたのに対し、これに対する原告敏子の反論がされないまま弁論終結となった。

(三) 以上認定した事実によれば、前訴第一審の第一六回口頭弁論期日においては、堤弁護士又は原告敏子のいずれかの差支えにより、両者間で協議した上で被告甲山及び堤弁護士が出頭しなかったことが窺われるし、また、第二二回口頭弁論期日においては、鑑定人に宣誓の上鑑定を命ずるという形式的な手続のみが予定されており、この手続に不出頭であったからといって原告敏子に不利になるということは通常考えられないから、右二期日の不出頭の点をもって直ちに原告敏子に対する出頭義務違反になるものと認めることはできない。

さらに、第三二回口頭弁論期日については、被告乙川が入院中であったこと、予め裁判所に電話連絡して弁論の続行を申し入れたが受け入れられなかったこと、原告充男が玉井弁護士に依頼して作成するとしていた最終準備書面が被告乙川に右期日前に送付されず、仮に被告乙川が出頭しても最終準備書面を陳述することが不可能であったことなどを考慮すると、被告乙川が右期日に出頭しなかったことにはやむを得ない事由があったものというべく、右不出頭が原告敏子に対する出頭義務違反となるものと認めることはできない。

6  主張提出義務違反、弁論再開申立義務違反について

原告らは、被告らは前訴第一審の終結に際し、玉井弁護士が作成し、重要な事実主張を含む本件最終準備書面を提出して陳述することをせず、またその陳述のために口頭弁論の再開の申立てを怠った旨を主張する。

(一) 前記争いのない事実等及び前記5の(二)(3)認定に係る事実のほか、右各事実に甲第九、第一一、第一六、第一八、第二〇、第二四、第三一号証、第七七号証の一、乙第四号証の三〇、三一、第七号証の二、第一三号証の二、第一六号証、原告充男及び被告乙川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 前訴第一審口頭弁論において陳述された原告敏子の準備書面は、昭和六一年七月二三日付答弁書(第一回弁論陳述)及び昭和六二年三月二五日付準備書面(第一八回弁論陳述)の二通であった。

右答弁書の内容は、原告敏子の主張として、出資金譲渡証、委任状①を引用して、ハナ子が昭和五九年一一月五日付けで原告敏子に対し「清すみ」の持分五〇〇口を譲渡したことを主張し、また原告敏子が「清すみ」の取締役に就任した旨の昭和六〇年四月二四日付変更登記については、仮にその登記原因となった昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会決議が存在しないとしても、委任状②を根拠に、昭和五九年一一月五日付けで同様の臨時社員総会決議がされた旨を主張するものであった。さらに右答弁書においては、本件の背景事情として、(ア) 原告敏子が実姉のハナ子を手伝って「清すみ」旅館の経営に関与してきたのに対し、嵐田らがハナ子の実子であるにもかかわらず旅館の経営に何ら関与してこなかったこと、(イ) 「清すみ」旅館の土地建物その他の物件を嵐田らに遺贈する旨のハナ子名義の昭和六〇年四月一〇日付遺言公正証書について、ハナ子は右日時には意識混濁状態であり、また遺贈の内容も不自然であることからすると、右遺言公正証書はハナ子の意思に基づかずに嵐田の画策によって作成されたものと考えられることなどを指摘していた。

(2) 前訴第一審の第三二回口頭弁論期日(平成三年二月二七日)に不出頭であった被告乙川は、同年三月四日、入院先の病院から自分の事務所に指示して、右期日についての結果報告書の写しを原告敏子のもとに郵送させた。

右期日結果報告書には、次回期日が同年三月二七日で判決言渡期日であることのほか、「三月二七日までに書面を提出します。」とのメモ書きがされていたが、これは被告乙川がそれ以前から原告充男にできるだけ早く玉井弁護士の最終準備書面を持ってくるように催促しており、このときも事務員を通じてその旨連絡するように指示していたところ、事務員が次回期日の三月二七日までに原告充男から書面を持って来させればよいと判断して書き入れたものであった。

(3) 原告充男は、同年三月一六日、東京にある玉井弁護士の事務所を訪問して、嵐田らの最終準備書面に対する原告敏子の反論の準備書面の作成を依頼し、玉井弁護士はこの依頼を承諾して本件最終準備書面の原稿を作成し、同月一八日に原告充男に交付した。

右のとおり、被告乙川が期日結果報告書を原告らに郵送して、平成三年二月二七日が弁論終結予定の期日であること、三月二七日は判決言渡期日であることを予め連絡していたにもかかわらず、原告充男はこのような手続の内容を理解していなかったため、三月二七日は通常の弁論期日であると誤解し、同日に被告乙川に陳述させる意図で、玉井弁護士に最終準備書面の作成を依頼し、玉井弁護士も既に前訴第一審の弁論が終結していたことを知らずに本件最終準備書面の原稿を作成した。

(4) 被告乙川は、原告充男から前記本件最終準備書面の原稿の交付を受け、必要最小限の訂正等を加えたのみで、直ちに同年三月二〇日、本件最終準備書面として裁判所に提出した。

(5) ところで嵐田らの最終準備書面の内容は、概略以下のとおりである。

① 出資金譲渡証、委任状①、②については、前訴第一審判決の判断したところと同様の理由を指摘して、いずれも偽造の疑いが大きいとした。

② ハナ子から前訴被告への出資金譲渡証、委任状①の交付によって、原告敏子に対し「清すみ」の出資持分五〇〇口を死因贈与する旨のハナ子の意思表示がされた旨の原告敏子の反訴状の主張に対し、ハナ子の生前に右各書面が入った封筒を預かった際には開封してはならない旨ハナ子から厳命され、実際にハナ子死亡後しばらくの間開封しなかった旨の原告敏子の供述等を引用して、ハナ子の死因贈与の意思表示は原告敏子への到達前に同人がハナ子の死亡の事実を知ったことにより効力を失った(民法五二五条)と主張した。

③ 昭和五九年一一月五日付け「清すみ」のハナ子の一人社員総会により原告敏子が取締役に選任された旨の原告敏子の主張に対し、これを争うとともに、仮にかかる決議が存在したとしても、取締役の伊藤六郎が出席せず、議事録も作成されていないことなどから、決議に至った手続に重大な瑕疵が存するので法的には決議不存在と同視し得ると主張した。

④ 遺言公正証書に「清すみ」の持分の処理の記載がないことについては、右公正証書作成時の昭和六〇年四月一〇日の時点ではハナ子は入院中であったが、社会復帰が可能であると考えていたため、「清すみ」をめぐる錯綜した権利関係を整理した上で嵐田らに託そうとして、記載しなかったものであると主張した。

(6) これに対し、玉井弁護士作成の本件最終準備書面の内容は、概略以下のとおりである。

① 前訴の背景事情として、原告敏子の「清すみ」経営への関与、ハナ子死亡後に嵐田が「清すみ」帳場の金庫から書類等を持ち出したこと等を指摘した。

② 出資金譲渡証、委任状①、②は偽造の疑いが大きいとする嵐田らの前記(5)①主張の根拠について、個別に反論した。

③ 嵐田らの前記(5)②の主張に対し、ハナ子の死因贈与の意思表示は、社会通念上、原告敏子が封筒を受領した時点で到達したと解すべきである旨反論した。

④ 同(5)③の主張に対し、「清すみ」の全社員権を有していたハナ子が原告敏子を取締役に選任する旨の意思決定をしていたことにより、昭和五九年一一月五日付けで右取締役選任の一人社員総会の決議があったものと評価すべきであり、議事録は嵐田によって「清すみ」旅館から持ち去られた可能性がある、また取締役伊藤六郎の同意もあったと反論した。

⑤ 同(5)④の主張に対し、遺言公正証書作成当時ハナ子は危篤状態にあり、社会復帰が可能であると考えていたはずはないなどと反論して、遺言公正証書の成立過程に疑問があるとした。

(二) 右認定した事実を前提に被告らの主張提出義務違反、弁論再開申立義務違反について検討する。

(1) ところで、前訴第一審において争われていた基本的な事実関係は第二「事案の概要」の一(当事者間に争いのない事実等)の3(三)のとおりである。

そして、原告敏子が本訴請求(1)、(2)に対する抗弁及び反訴請求(1)の請求原因として昭和五九年一一月五日付生前贈与又は死因贈与の意思表示を主張したのに対し、嵐田らが右死因贈与の意思表示に対する民法五二五条の適用を主張したのであるから、ハナ子の死亡と右死因贈与の意思表示の到達との先後関係も一つの争点となりうるものであり、死因贈与の到達時期に関する原告敏子の主張は理論上は意味がないではない。

しかし、乙第一号証その他前訴記録から提出された甲乙各号証によれば、本訴請求(1)、(2)及び反訴請求(1)については、ハナ子の原告敏子に対する昭和五九年一一月五日付贈与又は死因贈与の意思表示が認められるかどうかが最大の争点であり、双方の主張立証も前訴第一審の当初から弁論終結時まで一貫して、専ら右贈与の意思表示という事実の有無をめぐって行われていたこと、前訴第一審判決も本訴請求(1)、(2)については右贈与の意思表示の有無のみを中心的争点として掲げ、右争点についての判断のみから右本訴請求(1)、(2)を認容したことが認められるのであり、このような前訴第一審の経過等からすれば、右死因贈与の意思表示の到達日時ということは派生的な争点に過ぎず、右争点にまで判決理由中で立ち入って判断される見込みは殆どなかったことが明らかであったと認められる。

(2) また、昭和五九年一一月五日付一人社員総会決議についても、死因贈与についての意思表示と同様、出資金譲渡証及び委任状①、②によって、原告敏子を「清すみ」の取締役に選任する旨のハナ子の意思決定がされたと認められるかどうかが最大の争点であり、当事者の主張立証も専ら右争点をめぐって行われており、前訴第一審判決も右の点のみを中心的争点として掲げ、これに限定して判断していたことが認められる。

そして、一人社員総会については、議事録の作成や取締役の出席は総会決議の効力要件ではないと解するのが相当であるから、この点に関する嵐田らの主張が一人社員総会決議の抗弁に対する再抗弁になるとの前提に立って、取締役の同意等が再々抗弁になるとする原告らの主張は採用できない。

また、仮に嵐田による議事録の持ち出し、取締役伊藤六郎の同意等の事実が前記一人社員総会決議の存在についての重要な間接事実に該当するとしても、前訴記録上右各事実を認めるに足りる証拠はなかったと認められる。

(3) 以上認定判断したところによれば、死因贈与及び一人社員総会決議に関する本件最終準備書面での主張が要件事実又はその認否、これに類する重要な間接事実の主張を含んでいるかどうかはともかく、仮にそうだとしても、前訴第一審における中心的争点、主張立証の経過等に鑑み、右主張を要件事実等についての主張として前訴第一審口頭弁論において陳述する必要性は乏しかったものと解され、被告らがあえて右主張を陳述するための措置をとらなかったことが、弁護士の判断として著しく不適正なものであったとまでは認められない。

(4) 本件最終準備書面のうち、出資金譲渡証、委任状①、②の成立の真正についての反論の部分は、鑑定意見や書証等証拠の評価に関する意見にわたるものであるところ、証拠の評価に関する意見であるからといってこれを陳述しなくても主張提出義務違反が成立する余地がないとすることは妥当でない。特に前訴第一審のように、請求の当否を決する中心的争点についての裁判所の判断を左右する重要な証拠(出資金譲渡証、委任状①、②)の評価等について、依頼者に不利な鑑定意見や相手方の最終準備書面が提出されているような場合に、これらに対する反論として裁判所の判断に影響を与える可能性のある最終準備書面の提出・陳述をしないことは、事案によっては弁護士の判断として著しく不適正なものとして善管注意義務違反に該当する可能性がみる。

しかし、前記(一)、同5の(二)(3)で認定した事実によれば、被告乙川が原告らに対し、平成三年二月五日の前訴第一審第三一回口頭弁論期日後直ちに、弁論終結期日が同月二七日であり右期日に双方最終準備書面を提出することを報告し、また弁論終結後間もなく、判決言渡期日が同年三月二七日であることを報告して、原告充男に玉井弁護士作成の最終準備書面を早期に被告乙川に交付するよう催促したにもかかわらず、原告充男は弁論終結期日後、判決言渡期日まであと一週間余という日時に至って本件最終準備書面の原稿を被告乙川に交付したものである。そして、被告乙川が平成三年二月二七日の期日の変更等を裁判所に申し出た際に、右期日後提出の最終準備書面が証拠の評価等に関する意見等であれば弁論を再開しない旨の担当裁判官の回答を受けていたことなども考慮すると、出資金譲渡証、委任状①、②の証拠価値等についての嵐田らの主張に対する反論の準備書面を陳述しなかったこと、また被告乙川が本件最終準備書面を裁判所に提出したのが判決言渡期日の七日前であったことをもって、弁護士としての判断ないし対応に著しく不適正な点があったと認めることはできない。

(5) なお、乙第一六号証、被告乙川本人尋問の結果によれば、本件最終準備書面のうち、昭和六〇年四月一〇日にハナ子が危篤状態であったから遺言公正証書の成立過程に疑問があるとのくだりについて、被告乙川は公正証書の成立の真正を争っても無意味であり、むしろ右遺言に「清すみ」の持分の処理についての記載がないことは「清すみ」の経営権の問題が原告敏子への贈与等により解決済みであったことを基礎付ける意味で有利に援用できると判断していたこと、右主張のうち四月一〇日にハナ子が危篤状態だったとする部分については本訴請求(3)の抗弁としての昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会決議の主張と矛盾するので、主張としての合理性に疑問があると考えていたこと、そのような判断に基づき、前訴第一審において右遺言公正証書の有効性については積極的に争わなかったことが認められる。このような被告乙川の訴訟活動上の方針は、弁護士の専門的判断として合理的なものというべきであり、この点も本件最終準備書面を陳述扱いとしなかった被告らの判断の合理性を基礎付ける事情の一つになるというべきである。

(6) 以上によれば、被告らの前訴第一審における本件最終準備書面についての取り扱いが、弁護士の判断として著しく不適正であったとまでは認められず、原告の主張するような主張提出義務違反があったと認めることはできない。

(三)  弁論再開の申立義務違反についても、前記のとおり本件最終準備書面を要件事実等に関する主張として弁論に上程する必要性は乏しかったこと、判決言渡期日の一週間余り前に至って本件最終準備書面の原稿を原告充男が被告乙川に渡したこと、被告乙川が既に弁論終結前に一度裁判所に対して期日変更等の申出をしたこと、担当裁判官の異動が予定されており、弁論が再開されれば新しい裁判官の下で前訴第一審の紛争解決がより長引くことも予想される状況であったと認められることなどに照らすと、被告らが本件最終準備書面の陳述のために弁論再開を申し立てなかったことが、弁護士の判断として著しく不適正であったということはできず、原告らの主張するような弁論再開申立義務違反があったとは認められない。

7  控訴審において再度主張を提出すべき義務の違反について

(一) 争いのない事実に甲第一二号証の一、第七二号証、乙第一六号証、被告乙川本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 被告乙川は、本件最終準備書面を前訴控訴審で提出し陳述することをしなかったが、控訴の理由として前訴第一審判決の事実誤認を主張した平成三年七月一一日付準備書面(甲第七二号証)を前訴控訴審第一回口頭弁論期日に提出した。

右準備書面は陳述扱いとされなかった。

右準備書面は出資金譲渡証、委任状①、②について偽造の疑いが強いとした前訴第一審判決の判断の根拠についての個別的な反論、前訴被告敏子、証人充男の証言の信用性について疑問があるとする判断についての反論などを内容とするものであった。

(2) 原告充男は、被告乙川との控訴の打合せの際に、玉井弁護士も代理人に選任し、同弁護士にも準備書面の作成等をしてもらう旨の意向を述べた。そこで、被告乙川は、前訴控訴審第一回口頭弁論期日において、別の代理人が受任する予定があるので、右期日に提出した前記準備書面に記載された以外の主張が追加される可能性がある旨、裁判所に対し口頭で述べた。

ところが、結局玉井弁護士は前訴控訴審を受任しなかった。

(二) 右認定した事実に照らすと、被告乙川は、平成三年七月一一日付準備書面において出資金譲渡証、委任状①、②の成立の真正について、概ね前訴第一審判決の判断に対する必要な反論をしていたものというべきであって、右主張が前訴控訴審の弁論で陳述扱いとされなかった理由が被告乙川の供述するとおり証拠の評価に関する意見であるからかどうかはともかく、出資金譲渡証等の成立の真正の問題については、前訴控訴審への右準備書面の提出によって、本件最終準備書面を提出したのとほぼ同視し得るというべきである。

(三) そして、本件最終準備書面のうち原告らが要件事実、その認否等にわたる主張であるとする部分(死因贈与、一人社員総会決議についての主張)は、前記のとおりそれらが要件事実等に該当するかどうか問題があるのみならず、前訴控訴審で開かれた口頭弁論期日が判決言渡期日を含めて三回だけであり、新たな証拠調べは行われず、また進行上の中心的問題は和解の成否であったこと、前訴控訴審判決も出資金譲渡証、委任状①、②の成立の真正を中心的争点として扱い、これらについて前訴第一審判決とほぼ同一の判断をしたことなどを考慮すると、右要件事実等に該当するとされる部分について前訴控訴審の弁論で陳述する必要性は、前訴第一審の場合と同様に乏しかったというべきである。

以上に加え、当初原告充男が玉井弁護士にも前訴控訴審について訴訟委任する意向であったため、被告乙川において玉井弁護士受任後の対応も考慮して裁判所に応答していたことなども考慮すると、本件最終準備書面を前訴控訴審において提出し陳述を申し出なかった被告らの行為が、弁護士の対応として著しく不適正であったとまでは認められず、前訴控訴審における再度の主張提出義務違反があったとする原告らの主張は採用できない。

8  補助参加申立義務違反について

(一) 甲第八号証の三一、乙第一号証によれば、本訴請求(3)は、嵐田らと前訴被告の「清すみ」との間において昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会決議の不存在確認を求めるもので、原告敏子は右請求に関しては当事者ではなかったことが認められるが、右請求が認容された場合には、その対世的効力により、原告敏子は少なくとも昭和六〇年四月一九日付決議に基づく取締役としての地位を喪失するものであったから、同人の私法上の地位は本訴請求(3)に係る訴訟の判決の結論によって法律上影響を受ける関係にあり、「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」として右訴訟への補助参加をすることが可能であったと認められる。

(二) そして、原告らは、本訴請求(3)の昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会の取締役選任決議の不存在確認に対し、反訴請求(2)の請求原因である昭和五九年一一月五日付社員総会(ハナ子による一人社員総会)の取締役選任決議が抗弁の関係に立ち、かつ被告らは弁護士としての経験上「清すみ」の取締役職務代行者渡邊が実質的な訴訟行為を行わないことを予測していたのであるから、「清すみ」に補助参加して右抗弁を主張すべきであった旨主張する。

しかし、昭和五九年一一月五日の決議が昭和六〇年四月一九日の決議の不存在確認訴訟において抗弁の関係に立つかどうかは、前者の決議が後者の決議の不存在確認の権利を障碍する事由となるかどうかの点において、疑問の余地のあるところである。

しかも、争いのない事実、前記認定した事実に甲第二〇、第四五号証、第四六号証の一、二、乙第一号証、前訴記録、被告乙川本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、被告乙川が反訴請求(1)、(2)に係る反訴を提起したのは独自の判断によるものであったところ、原告敏子が遺言公正証書の作成された昭和六〇年四月一〇日にはハナ子は危篤状態で遺言書の作成は不可能であった旨を事情として主張しており、被告乙川は、昭和六〇年四月一九日付取締役選任決議の主張と右遺言公正証書についての主張とは矛盾すると判断し、主張の整合性を保つために、反訴請求(2)において昭和五九年一一月五日付取締役選任決議を主張したこと、反訴請求(2)については出資金譲渡証、委任状①、②の記載を中心に、特に委任状②の記載について、原告敏子を「清すみ」の取締役に選任する旨のハナ子の一人社員総会決議に相当する意思決定がされた趣旨である旨の主張立証をしたこと、取締役選任の日付につき昭和五九年一一月五日とすることにつき事後的に原告らに説明し了解を得たことが認められる。

右認定判断したところに照らすと、仮に本訴請求(3)について被告乙川が原告敏子の復代理人として「清すみ」に補助参加し、昭和五九年一一月五日付取締役選任決議を抗弁として主張しても、右抗弁が主張自体失当とされる可能性があるのみならず、これについての主張立証は結局反訴請求(2)と同一に帰することを考慮すると、本訴請求(3)について補助参加を申し立てて昭和五九年一一月五日付決議を抗弁として主張する必要性、実効性は乏しかったというべきである。

原告らは、本訴請求(3)において昭和五九年一一月五日付取締役選任決議を抗弁として主張しておけば、「清すみ」の昭和六〇年四月一九日取締役選任決議による変更登記は、就任の年月日を除いて実体関係に符合することになるから、前者の決議が認められれば後者の決議不存在確認の請求も理由がないものとして棄却されることになる旨主張するが、本訴請求(3)が認容されて昭和六〇年四月一九日付決議による変更登記が抹消されても、反訴請求(2)が認容されて昭和五九年一一月五日付決議による変更登記をすれば結果的には原告敏子の利益が守られることになるから、原告らの右主張は採用できない。

そして、甲第七一号証、乙第一号証によれば、「清すみ」取締役職務代行者渡邊は、本訴請求(3)に対し、前訴第一審においては、昭和六〇年四月一九日付取締役選任決議についての特段の主張立証をしなかったが(これも、紛争の実質的当事者ではなかったから積極的な主張立証をしなかったというより、むしろ被告乙川と同様遺言公正証書についての原告敏子の主張と昭和六〇年四月一九日付決議の主張との整合性に疑問があるという弁護士としての判断によるものであることが窺われる。)、前訴控訴審に至って、平成三年七月一〇日付答弁書で昭和五九年一一月五日付取締役選任決議を主張したことが認められる。

以上によれば、前訴第一審及び控訴審において、被告乙川が本訴請求(3)につき「清すみ」への補助参加を申し立てなかったのは、昭和五九年一一月五日付決議の主張について理論的にも必要性の面でも疑問があり、かつ他の主張との整合性の点で本訴請求(3)につき積極的に争うことの妥当性にも問題があったことから、むしろ反訴請求(2)において右決議の主張立証を尽くすべきだとの判断によるものであると認められ、右のような訴訟活動は弁護士の専門的判断として不適正であるとは認められない。

したがって、被告らに補助参加申立義務違反があったとする原告らの主張は採用できない。

9  前訴第一審判決の説明義務違反について

原告らの主張する被告らの判決説明義務違反のうち、前訴第一審判決の主文第四項の反訴請求(1)の訴え却下の部分について、原告充男は本人尋問において、前訴第一審判決後判決についての説明は受けたが右却下判決の意味についての説明は受けていない旨供述しており、前記のとおり、被告乙川が反訴請求(2)にによって取締役選任決議と遺言公正証書の偽造の主張との整合性を保つ目的で反訴を提起したことを併せ考慮すると、右却下判決の法律的意味、内容等について被告らが原告らに対し必ずしも十分には説明しなかった可能性もあると考えられる。

ところで、前記のとおり、判決等の当該事件の終局的解決の内容等については、弁護士は原則として、依頼者に対しその内容等について十分に説明すべき義務を負うと解すべきであるが、甲第一六号証その他前訴記録として提出された甲乙各号証によれば、反訴請求(1)の請求原因であるハナ子から原告敏子への昭和五九年一一月五日付贈与等の事実は、本訴請求(1)、(2)に対する抗弁として昭和六一年七月二三日付原告敏子答弁書において既に主張されていたものであり、反訴を提起した時点で右抗弁と別個の立証をする必要は特段存在しなかったことが認められる。そして、反訴に至った経緯が前記のとおりであることを併せ考慮すると、反訴請求(1)が却下されることにより、本訴請求(1)、(2)が認容された場合とは別個の不利益が原告敏子に生じる状況にはなかったと認められ、このような事情の下においては、被告らが本訴請求(1)、(2)の認容判決についての説明と区別して反訴請求(1)の却下判決の法律的意味等について原告らが十分のみこめるまで説明しなかったとしても、特に義務に違反したものとまではいえない(なお、被告らが本訴請求(1)、(2)に関する判決の説明を怠ったとは認められない。)。

10  前訴控訴審判決の説明義務違反、上告理由書提出義務違反について

(一) 前訴控訴審判決後、本件上告却下に至る経緯

争いのない事実等のほか、右事実に甲第七三、第七四号証、乙第一六号証、前訴記録、証人佐野の証言、原告充男及び被告乙川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 前訴控訴審判決後直ちに、原告充男は被告乙川に対し、原告敏子の訴訟代理人として上告の手続をとることを依頼し、その際、上告によってできるだけ「清すみ」旅館等の明渡しの時期を引き延ばしたいとの意向を述べた。

被告乙川は、原告充男が引き延ばしの意向を示したことや、適法な上告理由が存在しないと判断していたこと、原告らが「清すみ」旅館の経営に関与している間、売上額の記帳を少なくして利益を得ている疑いがあり、事件の引き延ばしを図ることの当否に疑問を感じたことなどから、当初上告審の受任をためらい、その際条文などを引用して、上告理由は憲法違反、法令違反等に限られているが、前訴においては適法な上告理由が見当たらないこと、上告理由がないのに上告をすると不当上告として相手方から損害賠償請求を受ける可能性もあること等を原告充男に説明した。

(2) ところで、原告敏子と嵐田らとの間では、前訴控訴審判決の前後から、「清すみ」旅館等を一旦不動産会社に買い取らせた後、右不動産会社から原告敏子が等価交換によって買い受ける旨の和解案が浮上していた。

原告充男は、被告乙川に上告を依頼した際、上告して右和解案の話合いを継続したい旨の意向を示した。

被告乙川は、それまでは原告らが「清すみ」旅館等の買取りに固執するのに対し、買取資金の調達の見込みがあるのか等について疑問を抱いていたが、等価交換の方法であれば上告審係属中に和解成立の可能性があると判断し、原告充男に対し、和解交渉の継続の時間を稼ぐための上告であり、上告によって判決が変わる見込みはないことを断っておき、上告理由書を書く自信がないのでその点についても自分の判断に任せて欲しい旨念を押した上で、被告甲山とともに上告を受任することとし、本件上告をした。

(3) 本件上告後、被告乙川は嵐田らの代理人佐野弁護士に対し、前記の和解案について、買取資金の調達方法が具体化する見込みがあるので和解交渉を継続してほしい旨の申入れをし、佐野弁護士からは具体的な和解案が出た場合には嵐田らを説得する旨の回答を受けた。

ところが、本件上告後の平成四年五月下旬ころ、被告乙川は原告充男から等価交換の話が駄目になったとの連絡を受けたため、上告審における和解の成立を断念し、これを佐野弁護士に伝えた。

(4) 被告乙川は、本件上告の際、上告理由書として、前訴第一審及び同控訴審判決が出資金譲渡証、委任状①、②の署名、押印等はハナ子本人の署名あるいはハナ子の印章によるものであることを認めながら、文書自体はハナ子の意思に基づいて作成されたものではないとした認定は経験則に違反する旨の主張構成を一応は考えていた。

その後、原告充男から前記のとおり等価交換案が不調に終わった旨の連絡を受けて、被告乙川は上告理由書を提出しないことを決めたが、等価交換案が駄目になれば上告理由書を提出しないということまでは原告らに連絡しなかった。

(二) 以上認定した事実を前提に、原告らの主張する前訴控訴審判決の説明義務違反、上告理由書提出義務違反について検討すると、まず依頼者から控訴事件を受任した弁護士としては、委任契約上の善管注意義務ないし誠実義務の一環として、控訴審の判決の全部又は一部が依頼者敗訴の内容である場合には、上告について特別に受任するか否かを問わず、上告理由の有無等の観点から判決理由を検討し、依頼者に右検討の結果を説明するなどして、依頼者が上告等の措置を採る機会を失わせないようにする必要があると解される。

本件においては、前訴控訴審判決後、被告乙川は原告敏子の代理人として行動していた原告充男に対し、条文を引用するなどして上告には憲法違反等の上告理由が必要であること等を説明したものであり、右説明を受けた上で原告充男は本件上告をすることを決めたのであるから、この点については被告らに説明義務違反等はないというべきである。

(三) 次に、上告事件を受任した弁護士は、特段の事情のない限り、委任契約上の善管注意義務ないし誠実義務の一環として、上告期間内に上告を提起するとともに、上告理由書提出期間内に上告理由書を原裁判所に提出すべきであり、もって上告が各期間の徒過を理由として不適法却下され、依頼者が上告理由の当否の審査を受ける機会のないまま敗訴判決の確定という不利益を受けることのないようにすべき義務を負うというべきである。また、上告事件を受任した弁護士が上告理由書を提出しない場合には、上告理由書提出期間内に上告理由書を提出しないと上告が不適法却下されることを事前に依頼者に説明し理解させた上で、依頼者の了解を得なければ、上告理由書の不提出による善管注意義務違反、誠実義務違反の債務不履行責任等を免れることはできないというべきである。

本件においては、前記認定した事実に照らせば、被告乙川は原告充男に対し、本件上告を受任した際に上告理由書を提出しない場合もあり得ることを暗にほのめかす程度の説明をしたにとどまり、原告充男から等価交換の和解案が不調に終わった旨の連絡を受ける前後を通じて、和解が成立しなかった場合には上告理由書を提出しないことを原告充男に対し口頭で明確に説明し、これについて同人の了解を得ることまではしなかったと認められる、そして、原告充男が特段の法律的知識を有しない者であることを考慮すると、右の程度の被告乙川の説明で、原告らが上告理由書の不提出による法的効果を理解し、これを納得した上で、本件上告の不適法却下、敗訴判決の確定という不利益を受け入れたものと認めることはできない。右認定に反する被告らの主張は採用できない。

したがって、被告らには、本件上告に際し上告理由書不提出について原告らに対し説明しないまま上告理由書をその提出期間内に提出せず、本件上告の不適法却下、敗訴判決の確定という不利益を原告らに生じさせた点において、善管注意義務違反、誠実義務違反があると認められる。

(四) 被告らは、上告審での和解交渉の継続のためにのみ本件上告等を受任したから、和解の可能性がなくなった段階で右委任事務は終了し、その後の上告理由書不提出については何らの義務違反もない旨の主張をするが、前記のとおり和解が不成立の場合に上告理由書を提出しないことまで説明しなかった以上、和解が不調に終わっても、被告らが原告敏子の訴訟代理人等を辞任しない限り、なお被告らは本件上告等について原告敏子のために委任事務を処理すべき義務があったというべきであり、右主張は採用できない。

二  争点2(原告らが被った損害の額及びこれと被告らの義務違反行為との因果関係)について

1  被告らの義務違反行為がなければ、前訴第一審、同控訴審判決又は本件上告却下決定の判断が変わった可能性があるかどうか(争点2(一))について

(一) 原告らが主張する被告らの義務違反のうち、前記のとおり原告らに説明して了解を得ることなしに上告理由書を提出しなかった点についてのみ善管注意義務、誠実義務違反があると認められるので、原告らの主張する損害との因果関係については、前訴控訴審判決について破棄されるべき違法の点があったかどうか、仮にそうでないとして、上告理由書を提出すれば本件上告の却下決定という結論が変わったかどうかを検討すべきことになる。

(二) 判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反の有無

原告は反訴請求(1)と本訴請求(2)との間には、重複審理の不利益、判決の矛盾抵触の危険等は存在しないから、反訴請求(1)の当否を審理することなく二重起訴の禁止に違反し不適法であるとして却下した前訴第一審判決及び右却下判決を維持した前訴控訴審判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると主張する。

しかし、嵐田らと原告敏子という同一当事者間における原告敏子の「清すみ」に対する出資持分五〇〇口という同一の権利についての不存在確認と存在確認の請求は、全く表裏の関係に立つものであり、このような場合には、審理の重複の回避という趣旨に照らし、後訴が別訴としてでなく反訴として提起された場合であっても、二重起訴の禁止に違反し不適法になるというべきである。

したがって、反訴請求(1)の却下の点については、前訴控訴審判決に原告の主張するような判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとは認められない。

(三) 理由不備・理由齟齬の有無

(1) 原告らの主張の前提である上告審段階での補助参加については、前記のとおり補助参加をしなくても、反訴請求(2)において昭和五九年一一月五日付取締役選任決議の主張がされ、これについて出資金譲渡証、委任状①、②等による立証活動がされていた。

これに対して前訴第一審判決及び同控訴審判決は、その理由中で、委任状②等についてはハナ子の意思に基づかないで作成された疑いがあるため成立の真正の推定は破れるに至ったものであり、また委任状②の記載を検討してもハナ子が昭和五九年一一月五日ころ原告敏子を取締役に選任する旨を決定したものとは認められない旨を認定説示している。

(2) また、本訴請求(3)に係る昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会での取締役選任決議については、前訴控訴審判決において、これを認めるに足りる証拠はなく、原告敏子の供述等によればかえって右社員総会決議等は存在しなかったと認められる旨認定説示している。

(3) 以上によれば、前訴控訴審判決に原告の主張するような理由不備、理由齟齬の違法があると認めることはできない。

(四) 経験則違反、採証法則違反、審理不尽等の有無

原告らは、嵐田らの本訴請求(1)ないし(3)を認容した前訴第一審判決及び同控訴審判決は、証拠の評価を誤り、事実誤認であることが明らかであるから、上告理由書が提出されていれば、前訴控訴審判決は破棄され、本訴請求(1)ないし(3)、反訴請求(2)については原判決が変更され、反訴請求(1)については第一審裁判所に差し戻されていた旨主張する。

(1) しかし、反訴請求(1)については、前記のとおり二重起訴の禁止に違反することが明らかであったから、その部分については、本訴請求(1)ないし(3)、反訴請求(2)についての事実誤認の有無とは関係なく、上告理由書が提出されても上告は棄却されていたものと認められ、原告らの主張は理由がない。

(2) また、本訴請求(1)ないし(3)、反訴請求(2)についての原告らの主張は、実質的には前訴第一審判決、同控訴審判決には経験則違反、採証法則違反、審理不尽等の上告理由があった旨の主張に帰するものと解される(原告らは反訴請求(2)について嵐田らが全く反論していない旨主張するが、嵐田らは前訴第一審の最終準備書面において右反論をしており、採用できない。)。

ところで、右各請求において争点となっていたハナ子の原告敏子に対する昭和五九年一一月五日付出資持分五〇〇口の贈与等、同日付けで原告敏子を取締役に選任する旨のハナ子の一人社員総会決議及び昭和六〇年四月一九日付取締役選任の臨時社員総会決議の有無についての前訴控訴審判決の判断は、前訴第一審判決の判断(第二「事案の概要」の一の3(八)、別紙二のとおり)を相当であるとして引用するほか、前記第二の一の4(五)、別紙三のとおりである。

前訴控訴審判決の右認定判断の根拠となった、出資金譲渡証、委任状①、②の証拠としての評価、原告敏子、原告充男等の人証の供述の信用性についての判断は、前記事案の概要、別紙二、三のとおりであり、右判断の過程は正当なものとして是認することができ、原告らの主張するような経験則違反等の違法があったとまで認めることはできない。

そして、前訴第一審証人の児玉秀代、橋爪ふく、伊藤六郎、原告充男、前田壌一の各証言(甲第五三ないし第五七、第六七号証)によれば、以下の事実が認められる。

① 昭和五〇年代後半から同六〇年ころにかけて、ハナ子が旅館等経営の上で原告敏子やその他の役員等の意見を取り上げることはなく、原告敏子は旅館等の業務を時々手伝っていた程度であり、「清すみ」は基本的にはハナ子のワンマン経営であった。

② ハナ子と実子の嵐田との人間関係は一時期悪化していたが、ハナ子は昭和五〇年代後半ころ、「清すみ」旅館等の経営を嵐田に継いでほしいとの希望を従業員に対して述べていた。

③ 「清すみ」旅館の従業員やハナ子の親族等のうち、原告らの主張する昭和五九年一一月五日付けでの持分譲渡や取締役選任等について、ハナ子から直接聞いた者はいなかった。

④ 昭和六〇年四月二四日付役員等変更登記のために添付された同月一九日付臨時社員総会議事録は、原告充男が会計事務所職員に作成を依頼し、議事録上出席したとされるハナ子、原告敏子、取締役伊藤六郎名下の捺印はすべて原告充男が押印したものであった。

右認定した事実と、出資金譲渡証、委任状①、②の成立の真正や原告らの供述の信用性等についての前訴第一審、同控訴審判決の判断とを総合すると、昭和五九年一一月五日付持分譲渡、取締役選任決議についてこれを認めるに足りる証拠がないとし、また昭和六〇年四月一九日付臨時社員総会の開催及び取締役選任決議は存在しなかったとした前訴の判断が、経験則に違反するものとまで認めることはできない。

したがって、この点に関する原告らの主張も理由がない。

(五) 前訴控訴審判決が破棄された可能性

以上のとおり、前訴控訴審判決には原告らの主張する上告理由はいずれも認められず、被告らが上告理由書をその提出期間内に提出しても、前訴控訴審判決が上告審で破棄され、自判又は差戻審判決によって本訴請求(1)ないし(3)が棄却に、反訴請求(2)が認容に変わる見込みがあったとは認められない。

なお、原告らは前訴における判決が変更された可能性について予備的に確率的判断によるべきである旨主張するが、独自の見解であって採用できない。

(六) 本件上告却下決定の結論が変わった可能性

しかし、被告乙川は本件上告の際、前記のとおり出資金譲渡証、委任状①、②の成立の真正等の認定判断についての経験則違反を一応の上告理由として既に考えていたのであるから、右構成に従って上告理由書をその提出期間内に提出していれば、上告は適法なものとして、前訴事件は上告審に移審し、少なくとも上告審によって上告理由の当否が審査されたものと見込まれる(その結果、上告審においては、前訴控訴審の認定判断が正当なものとして是認され、上告理由については原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するもので採用できないとして、上告棄却の判決がされたものと見込まれる。)。

2  被告らの義務違反行為がなければ、和解が成立していた可能性があるかどうか(争点2(二))について

原告らは、被告らが上告理由書をその提出期間内に提出していれば、上告審等において和解が成立した可能性がある旨主張するが、前記認定した事実によれば、被告乙川は原告充男から不動産会社との等価交換の方法による和解の見通しがつかなくなったとの連絡を受け、そのことを佐野弁護士に連絡した上で、上告理由書の不提出を決めたと認められるのであり、当時原告らには右等価交換の方法以外に「清すみ」旅館等の買取資金を調達する目処がなかったと認められること(原告充男、被告乙川の各供述)などを考慮すると、上告理由書が提出され、上告審で前訴控訴審判決の上告理由の有無が審査されるに至っても、右審理期間中に原告敏子と嵐田らとの間で和解が成立する可能性があったとは認めることができない。

3  原告らの損害額(争点2(三))について

(一) 財産的損害について

前記のとおり、上告理由書提出によって前訴控訴審判決が破棄される見込みがなく、かつ和解成立の見通しがあったとも認められない以上、出資持分の清算配当金、役員賞与、従業員給与相当額等の財産的損害の賠償を求める請求は、原告らの主張する右損害額の有無につき判断するまでもなく、理由がない。

(二) 慰謝料額について

(1) 原告らは慰謝料として原告ら各自についてそれぞれ二〇〇〇万円を主張するが、右金額は原告らの主張によれば、前訴の訴訟物であった「清すみ」の出資持分の清算配当額について四億円相当とした原告らの試算を前提とするものであり、前記のとおり上告理由書をその提出期間内に提出しても前訴控訴審判決が破棄される見込みがなかった以上、右金額相当の精神的損害を被ったとする原告らの主張は理由がない。

(2) しかし、前記認定した事実に弁論の全趣旨を総合すると、原告敏子は本件上告を被告らに委任したことによって、少なくとも前訴控訴審判決についての上告理由が上告審で審理され、上告理由の有無が上告審の本案判決によって明らかになるまでは、前訴控訴審の敗訴判決の確定による不利益を回避することができ、また前記のとおり上告理由がないとして上告棄却の判決がされていたとしても、本訴請求(1)ないし(3)、反訴請求(2)の当否に関する原告敏子の主張が上告審で最終的に排斥されることによって納得を得ることができるという期待を有していたところ、被告らの上告理由書不提出による本件上告却下決定によって、右期待を奪われ、これにより一定の精神的損害を受けたものと認められる。

そして、争いのない事実等に乙第一六号証、被告乙川本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告敏子は本件上告を被告らに委任した際、被告甲山に対し、着手金五〇万円のほか、前訴第一審からの実費約八万五〇〇〇円を支払ったこと(原告らは合計八〇万円を支払った旨主張するが、これについて特段の立証はなく、採用できない。)、右着手金額は本件上告却下決定後、被告らから原告敏子に対し返還等はされていないことが認められ、右の事実と本件紛争及び前訴の経緯を総合すると、被告らの上告理由書不提出の善管注意義務、誠実義務違反によって本件上告が却下されたことにより、原告敏子が被った精神的損害に対する慰謝料の額は、一〇〇万円と認めるのが相当である。

一方、原告充男については、前訴第一審から本件上告却下に至る被告らとの打合せ、本件上告の委任等の過程において、原告敏子の事実上ないし法律上の代理人としての行為をしたことが認められるが、被告らに対する原告敏子の着手金等を立て替えたなどの事情は特段認められないことなどを考慮すると、慰謝料を生じさせるような精神的損害を被ったと認めることはできないというべきである。

なお、被告らは、本件上告が判決確定を引き延ばし、時間稼ぎをしようとする原告らの意図によるものであり、判決が変わることの期待はなかった旨主張するが、そのような事情を考慮しても、上告理由の当否について審査を受けるべき原告敏子の期待が奪われた精神的損害が左右されるものではないというべきである。

4  被告らの責任

被告らは、委任契約上の善管注意義務ないし誠実義務に違反して、本件上告に係る上告理由書を上告審に提出しなかったことにより、それぞれ原告敏子に対し債務不履行に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。

そして、甲第七三号証、前訴記録によれば、被告両名はともに訴訟代理人として本件上告を原告敏子から受任し、上告状も原告敏子訴訟代理人として連名で提出したことが認められ、右事実に照らすと、被告両名の本件上告に係る上告理由書提出などの訴訟活動をすべき委任契約上の善管注意義務、誠実義務等はこれを性質上の不可分債務と解すべきであるところ、被告らは共同して本件上告理由書をその提出期間内に提出すべき義務を怠ったものであるから、被告両名の債務不履行に基づく損害賠償責任は不真正連帯の関係に立つと解するのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告らの請求は、被告らに対し、原告敏子に対する各自金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩井俊 裁判官濱本丈夫 裁判官大西達夫)

別紙〈省略〉

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